アパート自室、ある日の撮影②

「先輩にそう言ってもらえて嬉しいです」


 美咲は嬉しそうに制服コスチュームを抱きしめた。


「じゃあ早速着替えますか」

「待って。俺外出てるから。着替えたら電話するでも呼びに来るでもいいから」


 俺がそう言ってスマホを手に取り、玄関に行こうとすると、美咲が俺の服の裾を引っ張った。


「何!?」

「今更? いいですよ、ここにいて。そもそも私の下着姿見たことありますよね」

「そうだけど」

「何ならショーツもプレゼントしましたが」

「あれはそういう店のシステムだろ!?」


 美咲は別に、店の外で俺に着替えを見られても気にしないのだろうが、俺は昨夜のラブホで学んだのだ。避けられるハプニングからは避けないと色々危うい、と。


 俺が足を止めたのを見ると、美咲はパッと服の裾から手を離した。


「すずかちゃんも、先輩の前で裸になったそうじゃないですか」

「だからあれは店の」

「基本的には全部脱いじゃいけないんですよ。後で勝手にショーツをプレゼントした私ともども、オーナーに怒られました」


 あれ、やっぱり怒られたのかよ。


「っていうか何でバレたの、それ。待合室とか個室には監視カメラないと思ったけど」


 見学店に入る時のエントランスや入り口、トイレ前など、店内にはそれとわかるような監視カメラが置いてあった。だが個室などにはそういうカメラはなかったはずだ。流石にキャストや客のプライバシー保護の為だろう。


「ないです。スタッフがカメラの映像を外に売る可能性とかも危惧しているらしく」


 そういうのもあるか。確かに、個室に入る前にボディチェックをされたり、スマホなどをロッカーに預けられたりしたのも、もし無断で撮影されれば、撮影された映像そのものに商品価値があるから、その流出を防ぐ意味合いがあったのだろう。


「ウチはオーナーがそういうの特に厳しいので」

「ならなおさらなんでバレたの」

「先輩のせいです」


 は? 俺のせい?


「先輩が私のプレゼントした下着をビニール袋に入れて個室から出たじゃないですか。それがカメラに映っていたので、私が勝手に無償でオプションを追加したのがバレました」

「お前が悪いよ」


 自分の暴走による罪を俺に擦りつけるな。


「あれ? それだと茉莉綾さんの方は?」

「私がオーナーに怒られている時に、実は自分も、と白状しました。すずかちゃん、割と真面目なので」

「やっぱり百パー、お前のせいじゃねえか」


 俺が悪い要素どこだよ。


「すずかちゃん、先輩に楽しんでもらおうと頑張り過ぎちゃったんだそうです。私も彼女も、オーナーからも次は駄目だとキツくお叱りを受けました」

「そうか。なんかそう言われると、なんかごめんな?」


 茉莉綾さんが俺のために頑張ってくれたのだということは嬉しいが、彼女にも言ったように、俺は別に彼女の為に何かしたわけじゃないし、そう思うと申し訳なさがある。

 ……いや、でもやっぱりお前が暴走したのはお前の責任だろ。


「古宮さんとはキスもしたんですよね」

「それ、けしかけたのお前!」

「おっぱい見たのは先輩の意思です」

「ぐっ……!」


 それはそうなので何も言えない。

 けど、それを言う権利は美咲にはないはずだ。美咲だって勝手にセックスして……って、それこそ俺にだってそれをとやかく言う権利はないわけだが!


 美咲は俺の顔をジトッと見た後、小さくふぅと息を吐いた。


「わかった。こうしましょう」


 美咲は改めて制服コスチュームを持ち上げて俺に見せた。


「今回の写真が使われるかどうかはぶっちゃけわかりません。先輩も言っていた通り、お店の中ではないので」


 それは承知している。俺としても、美咲の頼みだから、ダメ元での撮影をするつもりでいる。


「そしたら、着替え写真も使えないかどうか聞いてみるので、着替えの様子を撮ってください」

「……なるほど?」

「実際に客が写真を撮るオプションもあるんですから、こういう写真が撮れます、みたいなサンプルにもなりますね。どうでしょうか、頭の固いヘタレ童貞先輩さん」

「まあ、それなら……」


 そういう理屈付けなら、悪くない。

 昨日も思ったが、俺この手の説得に弱いな。

 後、ヘタレ童貞先輩てお前。


「ではもう脱ぎます」


 美咲は俺が静止をする間もなく、履いていたスカートを脱いだ。

 俺は慌てて立ち上がり、部屋のカーテンを閉める。美咲はその間にも上着も脱ぎ、既に下着姿になっていた。


「まずはこの状態でいきますか」


 美咲はそう言って、俺の目をじっと見た。

 ああもうわかった。わかりました。俺の負けです。


 俺は美咲に向けて、スマホを構えた。純白のブラジャーとショーツには見覚えがある。

 同じものかどうかは知らないが、俺が美咲を指名した時に着用していたのと、多分同じ下着だ。

 俺がそんなことを考えながら下着姿を見ているのが、美咲にもバレたらしい


「気づきましたか。先輩が使ったショーツです」


 と、得意げに言った。


「使ってない」

「信じられません。洗濯して返したということは、使った証拠」


 なんだよ、その謎の決めつけは。


「少なくともお前が履いてたものなんだから洗濯はした方が良いだろ」


 それもあの日、俺は色々と考えた末に、こいつの下着だけを洗濯機に入れて回したのだ。

 気持ちの問題でしかないが、俺の下着とかTシャツと一緒に洗濯するのに抵抗があったから。父親のパンツと自分の洗濯物を一緒に洗濯して欲しくない思春期の娘かなんかか俺は、とツッコミつつ、自分が納得するやり方を採用させてもらった。


「そうですか。確かに、お店でもオナニーはしなかったようですし」

「何でわかるんだよ」

「マジックミラーって完全に鏡に見えるわけじゃなくて、ある程度は向こうのシルエットとかは見えるんですよ」


 そうなの!? でもそうか、ある程度見えないとホワイトボードでの会話も成立しないか。


「じゃあお客さん側もキャストから見られてるってこと?」

「うちの場合は他店に比べたら、待機室側からは個室側を透過しないようにはしてるらしいです。マジックミラーは鏡側の方が明るい程、向こうが透過しないので、待機室側の照明を明るくしたり、個室側の照明は制限したりしてるのだとか。けど、他の見学店でも働いたことのあるキャストに聞いたところだと、ほぼ普通のガラスなみに見えるところもあるそうですよ」


 なるほど、そういうものなのか。他の店に行ったことがなかったからそれは知らなかったけど。


「だから先輩がシコりもせずにボケーとこちらを見ていることもバレバレです」


 何それ、急に恥ずかしいんだけど。

 美咲と茉莉綾さんが怒られた件と言い、客側からではわからない事情もたくさんあるものだ。


「そういうのって店の研修とかで習うの?」

「そうですね。先輩やオーナーに教えてもらいました。っていうかそんなことは良いんです。撮ってください」

「それは、ごめん。そしたら一回移動して」


 俺は美咲を、先ほど閉じたカーテンの近くまで行くように指示した。一応はお店で撮るのと似たような場所の方が良いだろう。


 スマホ越しに見える美咲は堂々としたもので、茉莉綾さんの時のような妖艶さは感じなかった。店で指名した時は前情報なしにキャストになってやがったこいつへの困惑の感情が強かったから余計にそうだったが。


 美咲の場合、妖艶というよりは下品なんだよな。その辺は長くキャストをやっている茉莉綾さんとの違いか。


「美咲、お前店でのパフォーマンスって俺にやったようなことやってんの?」

「あれは先輩専用です」

「わかってるよ。じゃなきゃお前、多分クビだろ」


 さっきも怒られた話してたじゃん。


「ミラー越しのキスとか、下着を押し付けたりとかはします。やはりそれで興奮する男性は多いようですし」

「それもミラー越しに見てる?」

「お客さん側も同じく、口や股間をミラーに近づけるのが見えますからね」

「なるほどな」


 美咲の痴態で、店に来る男共がオナニーしてるのだと考えると改めて複雑な気持ちにはなるが一旦それは置いておこう。


「ここにはミラーないから無理だけど、ああでもそれっぽいのなら撮れるか?」


 俺はスマホを構えながら、床にあぐらをかいて座る。こうして座ったアングルからの方が、お店での客の目線に近い。


「俺のこの辺にガラスがあるつもりでさ」


 俺は手を伸ばして自分の前の方をパントマイムで壁があるように見せるような動作で腕を動かした。


「美咲はいつもやってるみたいにお尻突き出して」

「先輩は童貞のくせに本当に変態ですね」

「なんでだよ!? お前が撮りたいって言ったんだろ!」


 あんまりふざけたこと言ってると、流石にやめるぞ。


「そうですね。失礼しました」


 美咲は俺の言葉に思ったより素直に答えて、コホンと咳払いをした後に、お尻を俺に向けて突き出した。


 全く。今心臓がざわついてるのは果たして怒りの興奮か性的な興奮か。


 美咲の下半身がスマホの画面に大きく映し出される。

 なるほど、このアングルは実際にお店で見たそれだ。

 ただ、今のままだと体の全体像が見えない。少しお尻の突き出し方がわざとらしく、そのまま写真に撮る気が起きない。


「もうちょっと向こう行って。体勢はそのままで良い」

「こうですか?」


 美咲が数歩進んだところで、俺はストップをかけた。少し前過ぎる気がしたが、微調整なら美咲よりも俺が動いた方がいいと思い、座ったまま美咲に近づいた。


「先輩?」


 自分に向けて近づいた俺の動きに気付き、美咲がこちらを振り向く。


「待って、そのまま」


 こちらを振り向いた美咲にまたストップをかける。振り向いた時に少しだけお尻を引っ込めたが、逆にそれで下半身が強調され過ぎた変なフレームではなくなる。

 ──うん、ちょうど良いと思う。

 美咲の体全身が映っているし、近づいた俺に驚いて美咲が少し不安気に振り向いたおかげで、体の輪郭が少し丸くなった。


 カシャリ、と。


 俺は美咲の姿をシャッターに収める。自然にボタンを押していた。

 悪くない写真だ。カメラロールに収まったそれを見て俺は思う。俺はプロのカメラマンでもないし、お店のHPに相応しい写真とやらも全くわからないままだ。


 だが、今の写真を撮ってみて改めて思う。

 間違いなく、美咲は変に自分を作り過ぎない方が可愛らしい。

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