ラブホにて、ある日の深夜⑤
「写真はすぐ送るんですか?」
お互いに服を着て、平常をある程度取り戻そうと、俺はそんな風に話を振った。
「今すぐ送ると出待ちされる可能性がゼロとも言い切れないから後でね」
「なるほど」
「因みに美咲ちゃんには送った」
「は?」
タイミングでも見計らったかのように、俺のスマホの着信音が鳴った。
俺は急いで通知画面を見る。
美咲からメッセージが届いていた。
『なんですかあの写真』
『ヤったんですか』
『今はみなまで聞きません』
『感想は後でじっくり聞きます』
俺が画面を開けて既読にした瞬間、矢継ぎ早にメッセージが送られてきた。しゅぽんしゅぽんとメッセージとスタンプの通知音が立て続けに鳴る。
「あいつ、俺が古宮さんとホントにヤったと思ってるんだけど」
古宮さんの元カレに対してだけじゃなく、美咲に対してダブルに
「古宮さん、あいつになんて送ったんですか?」
「ん? こんな感じ」
古宮さんは、自分のスマホの画面に映るメッセージのやり取りを俺に見せてくれた。
古宮さんが、先程撮影した写真三枚を美咲相手に送信し、その後に『先輩くんが撮ってくれたー』とメッセージを送っている。
それに対して美咲は『めちゃくちゃエロい!』『入ってます?』『入ってますよね?』などとこちらでも連投メッセージを送っている。その後のメッセージはないので、ここであいつは俺にメッセージを送って来たんだろう。
「見学店に行った時も思ったけど、あいつのテンションの上がりどころがわかんねえよ俺」
「昔はこんなんじゃなかったと思うんだけどねー。後輩がおもしれー女に育っているのは、元先輩として嬉しい限りだよ」
「そうっすか。とりあえずヤってないとは送っときます」
と、俺は未だに間を開けつつスタンプ連打をしている美咲にメッセージを送り返した。
『ヤってねえ』
『でもリアリティあるだろ』
俺がメッセージを送ると、それに対して美咲からの返答があった。
『リアリティありありです』
『見直しました先輩』
『さすがです』
『どっちにしても話は聞かせてください』
……やっぱりわかんねえよ、あいつ。
「美咲ちゃん何て?」
「見直したって」
「ふーん。わたしも送っとくか」
「なんて?」
「先輩嘘ついてるよ、ヤったよ」
「絶対やめて」
それはシャレにならないから。
「嘘嘘」
「どっちが!?」
宣言通り、セックスするのはやめるにしても、俺を弄ることはやめないらしい。
「やっぱり美咲ちゃん、気にしないみたいだからヤってもよくない?」
いや、セックスの方も諦めてなかった。
「やりません。そんなにやりたいんですか」
「いや、さっきの焚き付けは良かったよ実際。さっさと脱げ、とか男らしくて」
「脱げとは言ってないです」
「おんなじおんなじ」
あの時は考えるより先に言葉が出てきていたのは反省だ。俺も情欲が刺激されて気持ちが盛り上がると、ろくでもないことを言いかねないことに気付けたのは収穫かもしれないが。
「美咲は気にしないかもしれないけど、実際辛いですよ。好きな子が、他の奴とセックスしてるなんて知った時は」
「あ、好きって認めたねえ」
「う……」
だってそれは、そう言う他ないし。
「まあ、だからこその写真だけどね。迷惑行為してるんだから痛い目見たら良いのよ、あの野郎は」
「因みに、万が一それで興奮するタイプだったらどうするんですか?」
「ええー……いや、ないとは言い切れないか」
適当言ったつもりだったけど、そこ悩むとこなんだ。
「その場合はまたセックスしよっか」
「してないんですよ」
記憶を捏造しようとしないで。
「ごめんごめん。わたしこそ君相手だと結構調子乗っちゃって」
「それは見てればわかります」
「君みたいな反応も新鮮だしね。わたしがこう言う話したら、大抵はドン引きするか、それともさっさとヤるかの二択だから」
「古宮さん的に、別にそこでヤるのは構わないんじゃないんですか?」
「まあそう。それは君に対してもそうだし。あ、ゴム付けない男は願い下げだからよろしく」
「よろしくとか言われても……」
その情報は別に俺は活かせないので。
「最初に君を押し倒した時は、美咲ちゃんからの頼みもあったし、わたしも多分ヤる流れになると思ってたからさあ。バイトでの君見てても、かなりチョロそうだったし」
「古宮さん、俺のことそんな風に見てたの?」
それはそれでちょっとだけショック。
「でも実際蓋開けてみるとこれだからねえ」
「なんかすみません」
「だから謝るのやめなー。友達と二人でお化け屋敷行こうって話振ったとして、その友達が嫌だって言うのに連れてくのは誠実じゃないでしょ」
「何の話です?」
「セックスも同じって話。わたしが激辛カレー好きだったとして、辛いの苦手な友達と二人で激辛カレーの出る店に行ったとて、友達は激辛カレーを食べる必要はないでしょ」
「古宮さん、激辛カレー好きなんですか」
「いや特に。人よりは得意かもだけど。あくまでたとえね。でも、そういうのがなぜか、セックスになるとわかんなくなる奴は多いんだよねえ。これは男も女も。その点、君は合格だよね」
なるほど。何となく、古宮さんが言いたいことはわかる気はする。
「セックスも他の遊びも、相手に配慮しなきゃいけないのは同じなのに、みたいな話ですか?」
「そうそれ! これが分かってる男を見極めるのは困難でね」
「確かにそうかもしれませんね」
「別にわたしは女相手でも良いんだけど」
だからその情報は俺活かせないって。
「店員に横柄な男はセックスも乱暴そうとか、嫌いだって言ってる食べ物とか映画を勧めてくる奴は夜も同じだとか、そういうの、相関があるかどうかはわからないけど、ある程度の自衛だよね。特に女は男よりも格段にリスクが高いわけでしょ」
「でもそうなっちゃうのは、色々な人とセックスを経験する機会って、普通はそんなに多くないからじゃないですからね」
経験の少ないことを想像するのは困難だ。だから、経験の少ないことをカバーして、リアリティを感じるためには、それ相応の情報がいるのだ。ゆえに小説を書くためには、取材や体験はその情報を生で感じる為には優れたツールということにもなる。
「それはそうかもね。っていうかカレーの話したらお腹空いた。ウーバー頼んだのに食べてないじゃん。食べよ」
「ですね。俺も腹減りました」
「お酒も飲も? いっぱい買ったし」
「そうですね」
「そんで気分になったらまたヤろっか」
「やってないしやりません」
そんな俺の回答に対して愉快に笑いながら、古宮さんは一足先にベッドから飛び降り、ウーバーで頼んだ食事や酒が並んだテーブル前のソファに座った。
俺も彼女に続いてベッドから降りて、床に座り、古宮さんが頼んだファミレスセットの蓋を開けて、つまんだ。完全に冷め切っている。
「因みに勝手に処理するって言ってたけど、そっちは大丈夫?」
「あんま聞かないでくれますか?」
「それもそうだね。あれは? わたしが君に、手伝ってって言った場合は?」
「手伝いませんからね」
俺はさっきので、自分の危うさについて学んだばっかなんだから。
「えー、でも茉莉綾ちゃんのオナニーは見たでしょ?」
「あれは一応そういう仕事だからってさっきも話しませんでした?」
「その辺の線引きははっきりしてるかー。じゃあ、わたしがお金払うからお願いって言った場合」
「詰めますね? 俺は古宮さん相手に金もらってやりたくないし、その逆も嫌なのでやりません。これは性関係に限らず」
「なるほどー。わたしが今ここで勝手におっ始めた場合は?」
「セクハラですね」
「ばっさり切られたー」
普通はその辺りの線引きが難しいし、相手にとっても異なるから、性の話は世間的には
「まあ古宮さんですからね。ハメ撮り写真まで撮っといて今更ではあるので。交渉次第?」
「今君、日和ったな? っていうか君の口からハメ撮り写真って聞くとちょっと興奮するね」
「俺もあなたのこと殴っといた方が良いですか?」
そんな風に適度にお酒も飲みながら話をして、古宮さんのこれまでのラブホ体験なんかも聞いたりして、俺と古宮さんはラブホ内での時を過ごした。
食事を一通り食べ終わった後は、古宮さんの最初の提案通り、カラオケで歌って盛り上がった。AV鑑賞会に関しては、俺もAVはあまり観たことがないし、創作物としてもちょっと興味があった為に迷ったが、今の精神状態でまたさっきのことみたいになるのを避ける為に、するとしてもまた今度と、やめておいた。古宮さんは「激辛を強要するわけにもいかないしねー」と軽く流し、AVでない普通の深夜番組をテレビで流したり、またカラオケで歌ったりしながら遊んだ。
俺は「眠くなったらソファで寝ます」と古宮さんに言ったが、古宮さんが「わたしは慣れてるし、せっかくだからベッドの寝心地も体験しなよ」と言うので、俺は「古宮さんが後で布団の中に入って来たりしたらすぐにソファにうつる」ことを条件に出してベッドを使わせてもらうことにした。
そして、気付けば日が昇って朝になり、昼までは眠ろうと話し合い、俺はベッドで、古宮さんはソファで横になった。
ラブホのベッドの寝心地は中々によく、緊張の糸も切れたのだろう、すぐに眠りに入った。
昼になる前に、先に起きていた古宮さんにチェックアウトの時間だと肩を揺すられて起こされた。
「普通に起こしたんですね」
「耳ふーしたり、お腹に乗ったりした方が良かった?」
「それはそれで魅力的ですけど、気を遣ってくれたんですよね?」
「そうだけど、言われると恥ずかしいね、それ」
俺は布団から起き上がったところで、股間の違和感に気付いた。
……これやったな。
「シャワー浴びて良いですか?」
「良いけど時間あんまないよ」
「すぐ出ます」
俺は布団から抜け出し、自分の鞄を開いた。
そして俺が自分の荷物の中から代えのパンツを出したところで、古宮さんもピンと来たらしい。
「聞いていい?」
「ダメです」
「出した?」
「ダメって言ったよ!?」
「間違えた。ぴゅっぴゅした?」
「よりエロい言い方!」
昨日結局、抜かずに寝たせいなのか、それともたまたまなのかは知らないが、寝ている間に俺は見事に夢精していた。パンツの中がぐちょぐちょで気持ち悪い。
俺はラブホに来て、二度目のシャワーをして、着替えをした。
「あれだね。ホントにホテルでヤった人のルーティンみたいになったね」
「その場合、朝も浴びるんですか?」
「それこそ人によるけど、わたしは浴びるかなあ。今日はまあ大丈夫」
──と、俺たちは互いの忘れ物がないことを確認して、ラブホから出た。俺がシャワーをしている間に、古宮さんは元カレにも写真を送ったらしく「反応が楽しみ」と言っていた。俺ともども刺されても文句は言うまい。
チェックアウト時は俺がカードで支払いをした。古宮さんにはウーバーでご飯とお酒を奢って貰っているし、今回は色々勉強代ということで払わせてもらった。古宮さんも流石に心得ていて、というかここで支払いをされるのには慣れているのだろう。ありがとねー、と笑顔で応じてくれた。
帰りは、古宮さんがラブホの後によく行くという駅前のラーメン屋で昼食をとった。結構綺麗なお店のように感じたが、古宮さんが好きなお店なのは確かだが、匂いや男ウケを考えて、あまりセックスの相手と行くことはないと言う。寝ぼけまなこで食べるこってり系のラーメンは間違いなく腹には優しくなかったが、おいしかった。
ラーメンを食べ終わって、電車に乗った。
自宅の最寄り駅に着いた古宮さんが先に電車から降りるのを見送り、俺は自室に辿り着く。そして美咲のメッセージ画面を開いた。昨夜から特に返信はない。
俺は美咲に『ただいま』とメッセージを送る。
その瞬間、どっと疲れが襲い掛かり、俺はホテルと違って固い、寝慣れた布団の中で泥のように眠った。
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