ラブホにて、ある日の深夜③

「お待たせー」


 シャワー室から出てきた古宮さんは、バスローブ姿だった。濡れた髪をタオルで覆って巻いている。

 古宮さんはバスローブ姿のまま、ソファにいた俺の横に、よいしょと座った。

 古宮さんから、ふわりとフローラルな香りが漂う。少しだけ湿って艶のある肌の古宮さんを見ると、速まる鼓動が更にドキリと反応した。

 古宮さんがバスローブの下に下着をつけているのかどうか知らないが、少なくともその姿では、胸の谷間や下から覗く腿などがチラチラと目に届く。


「なに? 見惚れた?」

「はい。流石に新鮮なので」

「お、おう」


 俺の返答に、自分から聞いてきたくせに古宮さんは少しだけ困惑した表情になり、バスローブの肩の方を触って羽織直した。


「前から思ってたけど、君って割とそういうこと言うの慣れてるよね?」

「どうでしょう。テンパってはいますよ」


 今もかなり心臓がドキドキしているし、火照った顔の古宮さんを見ていると、ソシャゲをしていて鎮まっていた股間もまた反応しているのを感じる。


「こないだ童貞だとは言ってたけど、高校時代に普通に彼女いたタイプじゃない?」

「それは、違いますよ」


 俺に恋人がいたことは、ない。


「因みにとある調査だと、高校生に恋人がいたことがあるかどうかを聞くと、大体半数くらいらしいよ」

「古宮さん、そういうの詳しいですね?」


 こないだ俺を押し倒しできた時も、大学生で性交経験があるのは6割くらいって話をしてたっけ。


「割とそういう数字が好きなんだよね。自分って普通なのかなー、ってのを気にするタイプの子どもだったから、昔からそういうのは気になってた。面白いのは、今恋人がいるかどうかって質問をすると、いるって答える子は20%くらいに下がるのよね」

「へえ」

「なんでそうなるのかは色々想像できるけど、やっぱり中高生くらいの時に恋人関係とか周りの同調圧力とかで、一度は付き合ってみる、って人は少なくないんだろうね。一度でもそういうことしておけば、自分はモテないわけじゃないみたいな言い訳も効く」


 まあわかる。高校生くらいの時は、誰々が付き合っただとか別れただとか、そういう話は別に聞こうとしなくなって耳に入って来たけれど、そうした噂話をしている皆に恋人がいたわけじゃない。恋人が欲しいとは言いながら、特に作ることはなく過ごしていた友人がほとんどだったはずだ。


「だから、君は恋人がいない側って言われても確かにそうだなではあるんだけど、だからと言って全然何もなかったってわけでもないんじゃない?」

「まあ、それは皆そうなんじゃないですかね」


 それはさっき古宮さんも言っていた統計の通りだろう。


「まあ良いけどね。ほら、君もシャワー浴びてきな」

「……はい」


 俺は立ち上がると、シャワー室まで向かおうとしたが、タオルやバスローブの場所がわからないことに気付いた。棚のどこかにはあるんだろうけど。


「古宮さん、タオルとかどこから取ってましたっけ?」

「君はまったく、しょうがないなあ」


 古宮さんはソファから立ち上がり、棚の中からテキパキとタオルとバスローブなどを取り出して、僕に手渡した。


「後これ」


 両手で受け取ったタオルの上に古宮さんが一緒に棚から取り出したのであろうコンドームの箱を置いた。


「使わないんですって」

「ほら、万が一ってことがあるから」

「とりあえず持っときますけど」

「因みにだけど、あんまり持ち帰りはおすすめしない。普通に薬局で買うよりだいぶ劣化しやすいし」

「覚えときます」


 俺は小さく古宮さんにお辞儀をし、シャワー室の中に入った。

 蛇口を捻り、お湯が出るのを待って、頭からお湯を被る。シャンプーやボディソープもシャワー室内に備え付けられていたので、それを使って全身を洗った。


「お背中流しましょうかー」


 古宮さんがシャワー室の外から声をかけてきた。絶対すると思った。


「大丈夫ですー」


 言っておかないと乱入しかねないなどと思い、俺は彼女にそう答える。


 しばらくすると、シャワー室の向こう側から、ドライヤーの音が聞こえてきた。古宮さんが髪を乾かし始めたらしい。シャワー室の中にいても、向こうの音が水音に混じって全然聞こえてくることにも少しドキドキしてしまう。当たり前だが、ラブホは本来セックスをする同士がくるのが普通なわけで、こういう至るところで心理的な障害がなくなっていくんだろうな、とも思う。


 ──いや、今日はしないから。


 自分が真っ裸で、ガラス一枚隔てて向こうには古宮さんがいるというのも何か変な心地だ。少なくとも、リラックスしてシャワーを浴びる感じではない。

 というか、古宮さんがシャワーをしてた時からカーテンがかかってたからわからなかったけれど、シャワー室を囲むガラスは磨りガラスなどではなく、普通に向こう側が見えるので、カーテンを開けたらこっちからも向こうからもシャワーの様子が丸見えになることに気付いた。

 確かに、ラブホに来る関係ならお互い裸を見られても仕方がない、どころか裸で抱き合うことになるわけだし、これで別に良いのか。

 そんなことも考えながら、頭からつま先までをしっかり洗う。一瞬、黙ってここで一度射精しておこうかとも思ったがそれはやめておいた。


 シャワーを終え、タオルで全身を拭いた後、下着だけ履いて上からバスローブを羽織った。バスローブは本来、タオルとしても使うのが普通と聞いたことがあるが、今回の場合は古宮さんにしても俺にしても、シャワー後の服代わりにしているだけなのでこれもこれで良い。


「お、出たか」


 シャワー室から出ると、古宮さんは頭に巻いたタオルを外していた。バスローブも脱いでいて、来た時とは違うワンピースに着替えている。

 また、ソファの前のテーブルの上や周りに、酒瓶やビール缶などが置かれていた。


「シャワーしてる間にウーバー、届いたよ。食べ物系はまだだけど」

「食べ物何頼んだんですか?」

「ファミレスがまだ開いてたぽかったから適当にお腹も満たせそうなハンバーグセットとか。あ、ドライヤー使う? ベッドの上にある」

「使います」

「ゴムは?」

「使いません」


 俺の返答に、古宮さんが口を抑えて笑いを堪えた。天丼に面白みを感じてきてるんじゃねえよ。


 俺は布団の上にあったドライヤーのスイッチを入れて、髪の毛を乾かした。その間に、食べ物も届いたようで、古宮さんが一度部屋の外に出て配達された物を部屋まで持ってきてくれた。


「ドライヤー終わった? じゃあこっち来て」


 髪を乾かし終わりドライヤーを片付けて、俺もバスローブを脱いで着替えようかと思ったところで、古宮さんが俺を手招きした。

 着替えるにしても着替え場所に困ってはいたので、俺は言われた通りに古宮さんのいるソファの前に来た。


「ほら、座って」


 古宮さんが自分の隣の空いたスペースをぽんぽんと叩くので、俺も古宮さんに隣り合ってソファに座る。


「何飲む?」

「じゃあビールで」

「おけー」


 古宮さんがテーブル横からビール缶を一本取って、俺に手渡した。古宮さんは缶チューハイを手に取りタブを開ける。


「それじゃ今日は君のラブホデビューに、かんぱーい」

「乾杯」


 俺は古宮さんに合わせて乾杯をして、ビールを飲んだ。

 あまり飲みすぎないようには注意しよう。この間、茉莉綾さんとのカラオケとの時も少しだけ理性が揺れたが、今回に関しては古宮さんがことある度にぶっ込んでくるわ、雰囲気もヤバいわなので、あの時のペースで飲むわけにはいかない。


「っていうか違うでしょ。俺のラブホデビューはどうでも良いんですって」


 厳密には何もデビューしてねえと思うし。


「元カレに送る写真を撮るのが目的なんでしょ?」

「あ、ヤバい。そうだった。普通に楽しむとこだったわ」


 古宮さんは俺の言葉に、缶チューハイをぐっと一飲みして、缶をテーブルの上に置いた。


 それからスマホを取り出して、ソファから立ち上がるとベッドの端に座る。


「ほら、君も来る!」


 古宮さんに呼ばれ、俺もソファから立ち上がった。


「じゃあ脱ぐね」

「は?」


 なんで?


「そりゃ裸でいる姿じゃないと何も説得力ないでしょーが!」

「フリータイムの件にしても何にしても、事前に言っとくべきでは?」

「それはそう。言わなかったのわざとだし」


 ですよね。


「良い? 脱ぐよ」

「ああもう、わかりましたよ!」



 ──と、そんなこんなで。


 古宮さんは下着姿で、俺はトランクス一枚だけ履いただけの状態になって写真を撮ったわけだ。


「おっけー。撮れた」


 俺の背後でシャッター音が何度が鳴った後、古宮さんが言う。俺は彼女の言葉を聞いて、振り向く。そこで俺は思わず噴き出した。


 古宮さんが、先ほどは身につけていた紫色のランジェリーを外して、くるくると小さく振り回していた。

 反対側の手で胸を抑えていたので、乳首は見えなかったが、何してんのこの人。やりそうだとは思ったよ。いや、この場合別に古宮さんは悪くなくて、悪いのは俺の方か?


 ごほごほと突然の刺激に咽せながら、俺はまた古宮さんに背を向けた。


「古宮さん、着てください」

「ごめんごめん。トップレスでも写真撮ったから。もう着た。大丈夫」

「ホントに?」

「大丈夫大丈夫」


 古宮さんの言葉を信じて、俺はまた振り向いた。確かに、先ほどは脱いでいたランジェリーをまた身につけている。

 一瞬ホッとしつつ、でも下着姿に変わりはないということに気付き、俺は感覚が麻痺している自分自身に溜息をついた。


「これで目的達成?」

「んー、待って。なんかなー」


 古宮さんはベッドの端に座る俺をまた手招きした。


「待ってください。せめてこれだけ」


 俺は床に落としたバスローブを拾い、纏い直した。

 それからベッドの上を這って、古宮さんの近くに行く。


「ほら、こんな感じ」


 古宮さんが俺にスマホの画面を見せる。

 そこには下着姿で中指を立てながら自撮りをする古宮さんと、俺の裸の後ろ姿が映っていた。


「良いんじゃないですか?」

「これ自体は別に良いんだけどさ。やっぱりなんか説得力には欠けない?」

「そんなこと言われても……」


 実際にこういう写真を送って元カレが古宮さんを諦めるのかどうかも俺には判断がつかない。古宮さんが大丈夫だと言うから協力しているだけだ。


「わかった。良いこと思いついた」


 古宮さんが俺の目を真っ直ぐに見る。そしてニコリと口と目元を歪める。

 怖い。


「ちょっと、横になってくれる?」

 ここまで来たら自棄ヤケだ。

「ああもう。はいはい、わかりましたよ」

 俺はバスローブ姿のまま、ベッドの上に横になる。

「ありがとー。じゃあちょっと失礼するね」


 古宮さんは俺の横まで這って来て、スマホを俺に渡した。


「で、どうするんですか?」

「んー? そうね」


 そう言って、古宮さんは俺のお腹を跨ぎ、そのままストンと、俺の下腹部に腰を落とした。


「ちょ……!?」


 古宮さんのお尻の感触が、俺の下腹部を刺激した。古宮さんの顔が、俺のすぐ上で俺のことを見下ろしている。股間の勃起が強くなり、バスローブが盛り上がるのが見なくてもわかった。


 古宮さんは先程と同じ、楽しそうな笑みを俺に向けた。


「これで君が、わたしを撮って」

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