ラブホにて、ある日の深夜②

 古宮さんに連れてこられたラブホは、駅から歩いて10分もかからない場所にあった。

 横断歩道を挟んで向かいにはコンビニもある場所で、かなり立地が良い。


「前にここ使った時はコスプレしてほしいって言われたから、歩いてすぐのドンキでナース服のコス買ったよ。あ、買いに行く?」

「大丈夫です」


 看板は上を見上げたところにあるだけで、パッと見だと自分はここがラブホだとは気づかなかったかもしれない。何というか、ラブホといえばお城の外見だったりする偏見があった。そりゃ全部が全部そうであるわけがない。

 よく見ると、外壁にホテルの内装の写真が飾ってあったりするので、わかってしまえばそういう場所だというのはわかる。


「よく、ドラマとかでお酒に酔った帰りにちょっと休憩しよーの流れでラブホにみたいな展開あるじゃん」

「あー、ありますね」

「ここみたいに駅近の立地って多いし、あれって割とある話ではあるんだよね」


 確かに周りを見回して見ても、Hotelの看板があるのはここくらいだ。もう少し歩けば普通のビジネスホテルもあるのだろうけれど。


「あるよ。でもそっち行くと宿泊料1万弱くらいかかっちゃうし、それより安いホテルだとあまり清潔感なかったりするからね」

「ここはいくらくらいですか?」

「ここだとフリータイムでも宿泊でも大体6000円前後くらいかな? 金土日はそれよりちょっと割高。三時間利用の休憩だけなら3000円以下のとこもあるよ」

「安い……」


 見学店でも思ったが、こういうところに掛かる金額、俺がイメージしてたよりもだいぶ安い気がする。


「もしかして性サービスって比較的安価……?」

「そりゃピンキリあるから一言では言えないけど、性は人間である以上、ほとんどの人が抱える需要だからね。サービス競争も必死でしょ」


 なるほど。言われてみればその通りか。

 

「それじゃあ入ろー」


 言って、古宮さんが腕を組んできた。古宮さんの胸が体に当たってくる。というか当ててきてる。やめてくれ。


「恋人同士なんだからいいでしょ」

「フリですからね?」


 ここで古宮さんを振り払うのも乱暴なので、そのままホテルの中に入った。

 一瞬、俺には入り口がどこかもわからなかったが、古宮さんの誘導で、道路に面した階段を上がった先の壁裏に入り口があることがわかった。


 中に入ると、人気ひとけのないエントランスがあり、壁に宿泊部屋を選ぶ為のパネルが設置してある。これは俺もドラマや映画とかで見たことがある光景だ。


「部屋はこっちで勝手に決めちゃうねー」

「よろしくお願いします」


 俺は古宮さんがパネルを操作する様子を後ろから観察した。各部屋の内装がわかる写真が並んでおり、その下に各コースを選ぶ為のタッチ画面があった。


「宿泊でいいでしょ。因みに明日の昼まで。一応言っとくけど、一度入ったら外出は基本禁止」

「駄目なんですか?」

「前払い制ならおっけーってとこもあるけど、ここは後払いのシステムだから、防犯上も良くないんじゃないかな」

「因みにさっき言ってたフリータイムってのは?」

「お昼とか夕方くらいの利用の場合はそっちのコースも選べる。この店は午後八時までだからそれも終わってる」

「フリーコースの時間でもよくなかったですか?」

「だーって、それだと君が同じ部屋での宿泊のドキドキを味わえないでしょうが!」


 この人確信犯です! 誤用のほう


「ハメられた」

「なーにを言ってるのかわからんにゃー」


 確かに事前にシステムとかをちゃんと調べなかった俺にも落ち度はあったか。いや、落ち度ってなんだよ。繰り返し確認するが、俺は古宮さんとセックスするためにここに来たわけではない。


「おっけー。宿泊部屋決めた。行こっか」

「ありがとうございます」


 俺は古宮さんの案内で、宿泊部屋まで向かう。たまたまではあるのだろうが、他の客とは遭遇しないままに部屋に着いた。


 部屋の中に入ってまず飛び込んでくるのは当然、枕二つが並ぶダブルベッドだ。その手前にはソファと小さなテーブルが置いてある。ベッドの向かいには薄型テレビがあって、その隣に扉のついた棚が置いてある。


「ベッド、普通ですね」

「割高なとこだとクイーンサイズとかもあったりするよ。ここはそこまでグレード高くないし。あ、それともあれか。思ってたベッドと違ったみたいな話?」

「あー」


 ラブホのベッドと言って最初に頭に思い浮かんだのは、いわゆる回転ベッドというやつだ。

 ピンク色の照明の中、くるくると回るベッドの上で、裸の男女が抱き合う。それが自分のイメージの中にあるラブホなのは否定しない。


 古宮さんは荷物をベッド近くにあるテーブルの上に置くと、よいしょとそのままベッドの端に座った。


「今時あのタイプのベッドは見ないよ。というか、あれは過去の遺物で、昭和に風営法が変わってから、設置するラブホは激減したらしいから」

「そうだったんですか?」


 流石に詳しいな。というか詳し過ぎる気がする。


「わたしも昔はラブホのイメージってあれだったから知った時はびっくりしたな。設置が厳しいってだけで禁止されたわけじゃないから、あるとこにはあるけど。40年くらい前からある老舗の施設とかじゃないと、あのタイプのベッドは今ほぼほぼないんだって。昔調べた」


 なるほど。フィクションであの手のベッドが出て来やすいのは「あれがあるとラブホっぽい」のイメージが定着したからで、実態は全然違うということか。これも実際に足を運ばないと知らなかったかとかもしれない。というか多分、知らないで小説を書いたりしていたらラブホの描写する時に普通に回転ベッドを出したりしたと思う。


 ベッドについての説明の後、古宮さんはテレビ横の棚を指差した。


「コンドームとかそういうアメニティはあそこの棚に入ってるから、使う時は言ってね」

「使わないんですよ」


 この人も美咲ほどではないが、割合しつこい。


「追加のオプションとかも多分あの棚のどっかに表があったはず。食事とか。高い割にあんま美味しくないから頼まないけど」

「飲み物とかも?」

「あるけどそれもいいや」

「じゃあどうするんです?」

「ウーバー」


 ウーバー頼めるんだ。


「場所による。ここは大丈夫。部屋の前まで来てくれるから」

「配達員も大変だなあ」


 俺が配達員だったら、あんまりラブホの部屋まで食事届けるためだけに来たくはない。


「わたし、ここの会員証持ってるから予約でも良かったんだけど、こういうシステム見るのも勉強になったでしょ?」

「そうですね」


 慣れている古宮さんと一緒だと、こうして色々聞けるのは正直興味深いし面白い。何より頼もしい。


「今度美咲ちゃんと来る時の参考にでもして」

「な……」


 何を言い出すのかこの人は。


「美咲ちゃんなら呼んだら来るでしょ。なんなら今呼んでも来るんじゃない?」


 それは普通に来そう。


「それってホテル的には大丈夫なんですか?」

「追加料金払えば平気。男一人女二人までの入室なら認められてる」

「そうなんだ」

「そうそう。女子会プランとか一時期から結構流行ったでしょ。だから女性だけでの入室も珍しくはなくなったけど、男だけの入室を認めてるとこは滅多に見ないかなあ。今日は目的があるから良いけど、今度三人で来ようよ」

「ええっと……」


 困る俺を見て、古宮さんが噴き出した。


「女子会プランとかもあるって言ったでしょ。見たらわかると思うけど、結構部屋お洒落だし、それにほら」


 古宮さんはベッドから立ち上がると、テレビ横の棚の上から何かを取り出した。彼女が手にしているのは、カラオケのデンモクだ。


「カラオケできるとこも結構あるからね。テレビも使えるし、ぶっちゃけそういう目的じゃなくても結構楽しめるのよ」

「なるほど」

「まあわたしはそういう目的で来るけど」


 それは知ってた。


「まあ今のとこ、君にはその気はないみたいだし、ウーバーでお酒とおつまみ頼んで、カラオケしよう。茉莉綾から聞いたよー。この間二人ですっごく盛り上がったって? いいなー羨ましい。というわけで後で一緒に歌いましょう」

「良いですよ。カラオケは好きなんです。ヒトカラとかもたまに行きますし」

「個室で誰の目を気にすることなく歌えるのとラブホでカラオケできる良さでね、人によってはそれ目的とかもあるから」

「ああ、三人で来ようってそういうこと」

「いや? わたしはできればヤりたいのよ」


 ずーっとぶっこんでくるなあ。


「それはさておき、まあそういうこと。でも男からそれ言っちゃダメだよ。キモいから」

「まあ、男からカラオケあるからラブホ行こうよとか言い出しても、明らかに下心満載ですもんね」

「カラオケじゃなくても、AV鑑賞会とかでも良いよ」

「観たいなら観てもいいですが……」

「マジ? ほんとに?」

「映画とかは観るので。AVはあんま観たことないですけど、同じ創作物として興味はあります」

「シコりたくなったら手伝うから言ってね」

「言いません」

「頑固だなー」


 どっちが?

 古宮さんはデンモクを棚の上に置くと、大きく伸びをした。


「わたしはとりあえずシャワー浴びてくる」

「え? 浴びるんですか?」


 古宮さんは当たり前じゃん、とでも言いたげに頷いた。


「今わたしには相手がいるって、元カレに写真送りつけるのが目的だし。シャワー入った後じゃないと不自然でしょ。覗いても良いよ」

「覗きません」

「君がシャワーしてる時に覗くのは?」

「ダメです」

「そっかー、残念。じゃ、行ってくるねー」


 と、古宮さんは俺に手を振って棚の中からいくつかパックやタオルなどを取り出して、シャワー室に入っていった。


 一人、取り残されてしまった。

 俺はとりあえずソファに座る。


 しばらくして、古宮さんが体を洗うシャワーの音が聞こえてきた。

 シャワーの音が聞こえてくる間ずっと、俺の心臓が脈動を早めているのを感じた。俺は自分を誤魔化すために深く息を吐き出した。

 こういうシチュエーションもフィクションではよく見る気がする。

 そしてそんなことを考えていると、途端に今自分がだいぶアホなことをしているのではないかと思い始めたが、ここまで来てそんなことを言っても仕方ない。俺はスマホでソシャゲの周回プレイをしながら、古宮さんがシャワー室から出てくるのを待った。

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