ラブホにて、ある日の深夜①

「じゃあ服脱いで」


 ベッドの上で服を脱ぎ、下着姿になった古宮さんが俺に言う。

 古宮さんのリボンのついた紫色の下着は豊満な胸を締め付けるように持ち上げていて、胸の谷間にはハート型の穴が空いている。かなり気合いの入った下着であることが、流石の俺にもわかる。

 パンツの方も上と同じようなリボンがついていて、腰の側面部分は紐を結んでいるだけだ。


「すごい下着ですね」

「これはランジェリーって言うの。ほら、君もさっさと脱ぐ!」


 俺は渋々と服を脱ぎ、上半身裸になる。そのままでいると、古宮さんが下も脱げと目線で圧をかけてきたので、ズボンも脱いだ。


「悪くないじゃん」


 などと、古宮さんはトランクスだけを履いた姿になった俺の姿を勝手に何やら評価して、ベッドの上にあったスマホを手に取った。


「そんじゃ撮るねー。君はベッドの端っこに背中向けて座ってたら良いよ」


 俺は言われた通り、古宮さんに背を向けて、ベッドの端に座った。俺の自室にある布団よりも明らかに寝心地の良さそうなそのベッドの弾力に一瞬驚く。この状況に当然、俺の股間は勃起しており、恥ずかしいやら情け無いやらで、座りながら静かに自身の股を抑えた。


「よし、行くよー」


 古宮さんがそう言うなり、スマホのシャッター音がカシャリと鳴った。



 ──二人でラブホ行かない?

 古宮さんからそんな風に誘われたのが一昨日のことである。古宮さんからバイト終わりに駅まで一緒に帰るように誘われその帰り道でのことである。頼みがあるから、と話を切り出されその内容がそれだった。


「大丈夫、美咲ちゃんの許可は取ったから」

「何が大丈夫なのかわかりませんが」


 あいつは許可取る対象でも何でもないし、なんなら唆す側だろ。


「んー、でも君の場合はそっちの方が籠絡しやすいし」


 籠絡とか言い出したよこの人。

 

「わかりました。一緒に行きます」

「やったー。ラブホデートだー」


 これは決して俺が古宮さんの誘惑に負けて、童貞卒業を決めたからではない。断じて違う。


 古宮さんは今ストーカーの被害にあっているのだという。

 そうは言っても、何か害を与えてくるような類ではなく、そもそも彼女の元カレの一人らしい。俺も一度、バイト先にそいつが来ていたのを見たことがあったから、どんな奴かは知っているがパッと見の印象、綺麗なスーツ姿に身を包んで身なりを整えた好青年、といった風で特に悪い印象は持たなかった。


「実際、マシな方よ。少なくとも殴って来たりするタイプではないから」

「逆に言うと殴ってくるタイプもいたんですか」

「女とのセックス目的が主の男なんて総じてクズだからね。何なら拳なだけまともな男とも言える」

「怖い」


 まともな男とは一体。


「あの野郎、ちょっと前から連絡してきてね。どうもわたしとヨリを戻したいらしくてさ」

「それで俺に頼みとは?」

「いわゆる恋人のフリね。あいつだって暇じゃないんだし、わたしに今カレがいると知れば退散するでしょ。あ、これは因みに美咲ちゃんの案ね」


 あいつの考えそうなことだよ。


「実際、美咲ちゃんの策で君を落とすつもりだったから、まだ職場の男にも手出してないしさ」

「古宮さん、まだって言いました?」

「まだ。佐々木先生とか良いと思わない? 今はもう君にわたしの人間性バレちゃってるし、そろそろ狩りに行こうかなーと思ってるんだけど」


 あんまり俺のバイト先の人間関係を掻き乱さないでほしい。そういう心配は美咲だけで手一杯だ。


「まあそれは先のこととして、ひとまず今すぐに対処しなくちゃだからさ」


 それで古宮さんから出てきたのが「二人でラブホ行かない?」の提案である。


「ラブホ行って、二人でいる写真でも撮ってさ。あの野郎に叩きつけてやろうというわけ」

「本気で言ってます? 俺刺されません?」

「さっきも言ったけど、あいつはそういうタイプじゃないから」

「ホントかなあ」

「君なら刺されても良い経験した、って思えるでしょ」


 否定はしないけど刺されたくはない。


「それにほら、経験って言うなら女の子とラブホに行くのも良い経験でしょ? ネタになるし」

「美咲も古宮さんも、それ言えば何でも許されると思ってませんか?」


 とは言え俺もそれを言い訳に使っているのは確かだ。見学店でのことだって、取材の為だと自分に言い聞かせて理性を保ったのだから。


「言っときますが、行くだけですからね」

「おっけーおっけー。途中から心変わりしてもおっけー」

「しません」

「流されやすいのに意思が固いの、お姉さんはあんまり褒められたこととは言えないと思うな」


 誰がお姉さんか。


「わたしは君の線引きがどこにあるのかよくわかんなくなってきた」

「頼まれたら極力、話は聞きます」

「なんかあれだね。わたしの知り合いに、頼まれたら何でもしちゃう子がいてさ。その子を思い出すんだよね」

「男ですか?」

「女の子。頼られると自分の存在価値を感じて何でも聞いちゃうタイプ」

「確かにそういうタイプの話は聞きますが」


 少なくとも俺はそういうタイプではない。


「まあ君がそういうんじゃないのはわかるんだけど、ちょっと心配はしちゃったよね」

「じゃあ今回はやめときます?」

「え? それは行く。男に二言はないでしょ?」


 ──とまあそんなこんなで。

 俺と古宮さんとで二人、ラブホに行くことになったのである。

 その後一応、知り合いに見つかる危険性は下げようと、大学や職場からは離れたところを古宮さんが選んでくれたらしい。

 古宮さんは美咲の許可は取ったとか言っていたけれど、一応こちらからも電話して確認した。


『当然、行ってください。それで、できれば死なない程度に刺されてください』

「怖い」

『嘘です。私もそこまでは思いません。流石に刺されないよう祈ります』

「なら良かったよ」

『童貞の先輩はラブホ行ったことないですよね』


 頭に童貞の、をつける必要ないだろ。


「それは……」


 美咲の問いに、俺は少し答えに迷った。


『……あるんですか?』

「いやほら、友達と」

『なるほど? 確かにラブホで女子会とかもありますから、そういう経験があってもおかしくはありませんが』

「まあそんなとこ」


 俺は美咲の質問を軽く流す。


「お前は嫌じゃない? 俺が古宮さんとラブホ行くの」

『……嫌じゃないですが?』


 本気で疑問に思った声出たな、こいつ。そういう奴だとはわかってるけども。毎度毎度俺も懲りない。


『逆に先輩は、私が誰かとラブホ行くの嫌ですか?』

「男と行くって言われたらちょっと嫌だよ」


 俺も古宮さんとラブホ行くこと決まってるのに何を言ってんのかという話ではあるが、結局のところ、そういう場所に行くということはそういうことをすると捉えられるわけだ。そもそも今回、俺が古宮さんとラブホに行って、ストーカーを退散させようとしているのもそれである。普通はそう思うから、効果がある。


「ただ立場が逆で……まあ男女逆でこういうことは滅多にないと思うけど」

『逆じゃなくてもないですよ』


 そりゃそうだが。


「そうだけど、そういうことじゃなくて。さっき言った女子会みたいに、お前が普通にただ行くだけって言うなら、まあ信じるよ」


 声に出してみて、我ながらどの立場で言っているのか恥ずかしくなってきた。


『こないだ先輩がカクヨムにあげた小説読みましたよ』


 と、紡ぐ言葉を見失った俺に対して、美咲が言う。


『主人公が見学クラブで働く女の子にガチ恋をしてしまい、その後ストーカーのようになって、店の外でも女の子を追いかけちゃう短編小説』

「知ってるよ。お前、一番最初に応援ボタン押すじゃん」

『芯に迫った描写で良かったです。今お店で働いてる私から見てもリアルに見えましたし、他の人からの評価も結構良かったじゃないですか?』

「実際の店内も実際のキャストも知ってるから、まあ書きやすかったよ」

『先輩の経験は、ちゃんと活きてると思います。だから、私はその為の協力は惜しみません』


 それは、本当にずるい。こいつはいつもそうだ。そして、こいつがこんなだから俺も「良い経験になるなら」とホイホイと色々なところに顔を突っ込むことになるのである。


『ラブホの感想、楽しみにしてます』

「わかった」

『童貞じゃなくなったらその報告も当然お願いします』

「それはないけど、わかった」


 美咲とそんなやり取りなんかもして、ラブホ泊当日が訪れた。

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