とある店内、ある日の見学③

 美咲が待合室へ戻って行った後に、俺はタブレットですずかさんを指名した。またオプション込みで下着のプレゼントが含まれて処理に困るのを避ける為にスペシャルコースは避けた。

 指名からすぐにすずかさんが現れた。すずかさんの今日の服装は制服風のブレザーだった。何着かお店の用意している衣装があるんだろう。


「すずかです。よろしくお願いします」


 すずかさんは綺麗にお辞儀をして、ぺたんとその場に女の子座りをする。そして待合室と隔てるカーテンを両手で丁寧に閉めて、ガラス越しにタイマーを10分にセットして、俺を上目遣いで見た。


「あのう、先輩さんですよね?」


 俺は彼女の視線と、その口から発せられた言葉にどきりとした。

 美咲のやつ、いらんこと言ったんじゃなかろうな。


「えーっと」


 すずかさんは言葉を選んでいるようだった。


「ありさちゃんの先輩さん、でいいんですよね? 違ったらすみません」


 結局、あまり言い方が変わっていないがさっきよりは頷きやすい。

 俺はホワイトボードに「はい」と書き込み、彼女に見せた。

 すずかさんはその返答を見て、顔をぱあと輝かせる。


「やっぱり。後すみません、これも確認なんですけど、二回目……ですよね?」


 俺はホワイトボードを一度ガラスから離す。答えは同じなので書き直すことなく、そのままガラスに押し付けた。


「ですよね、良かった。ふふ、二度目のご指名ありがとうございます」


 すずかさんは座ったままままお辞儀をして、にこっとこちらに笑いかけた。その笑顔に不覚にもどきりとする。はじめに彼女を見た時のおぼつかなさはそこには見て取れない。


「先輩さんには、しっかり見せたかったんですよね」


 言いながら、すずかさんはブレザーのボタンを一つ一つ静かに外す。ボタンを外すたびにこちらを見て、小さく笑う姿に引き込まれる。

 すずかさんはブレザーのボタンを全て外すと、壁のハンガーに手を伸ばして丁寧に整えてかけると、じりじりとガラスの近くまでにじり寄った。そのままシャツのボタンも上から同じように外していく。四つめのボタンに手をかける寸前で一度手をおろし、俺の方を見て乳房の膨らみが強調されるように胸を張った。

 シャツの中のブラジャーがちらっとだけ見える。今日の下着はシックな紫色だ。


「できれば何かご要望があれば助かるのですが」


 と、すずかさんは首を少しだけ傾げる。それからスマホを取り出して、またこちらににこりと笑いかけてからスマホを弄り始めた。

 女の子座りをやめて、体操座りになった後、ゆっくりと脚を開いていく。その間もスマホを弄るのはやめないが、時折ちらちらとねだるような眼差しでこちらを見る。

 美咲がやっていたのとはまた違う扇情的な姿だと思った。


 俺は一度咳払いをし、古宮さんの頼みだと自分に言い聞かせてから、店内用スマホを触った。

 今のところ、すずかさんには以前とは別人のように自信が見える。俺は先日のリベンジというわけでもないが、アイスを注文した。

 すずかさんの弄っていたスマホの着信音が鳴る。彼女はスマホをおろして俺の方を見るとまた座り直し、四つん這いになった。


「ありがとうございます」


 変わらぬ爽やかな笑顔。この魅力は間違いなくこの店では大きな武器だろう。

 すずかさんは冷蔵庫の中からアイスを取り出すと、近くまで持ってきて正座した。アイスを持ち上げて先の方をちろちろと舐める。咥えて離して、咥えて離してを繰り返していると、アイスの滴が彼女のシャツやブラジャーの上に落ちた。それにも動じることなく彼女はアイスを舐める。時に側面に舌を這わせ、時に根本までアイスを咥えた。その間にも、ポタリポタリと彼女の服に、胸にと滴が垂れる。

 気付けば、アイスは全て食べられて棒だけになる。その棒を俺に見せた。


「いりますか?」

「は?」


 思わず声が出た。彼女はまたちらりと床に置いたスマホを見る。

 俺はオプション表を確認した。なるほど、確かにアイスの項目の下にもプレゼント項目がある。

 ……なんというか、すげえな。


 俺はホワイトボードに「今日は大丈夫」と書き込むと、彼女に見せた。

 すずかさんはそれを見て残念そうに小さく息を吐く。だがすぐにアイスで濡れた自分のシャツを掴んで、今度は困ったように笑った。


「お着替えしたいんですが、構いませんか」


 彼女は俺のいる方をじっと見つめるが、着替える様子はない。

 なるほどね、商売上手だ。俺はまたオプション表を見た。……何となくスクール水着を選んだ。


「ありがとうございます!」


 すずかさんはまた嬉しそうに笑って立ち上がり、部屋の隅から水着とウェットティッシュを手に取る。

 ウェットティッシュで胸に落ちたアイスの滴を一滴一滴丁寧に拭いていく。それから一気にシャツを脱ぎ、そのままスカートも床におろした。

 上と下、どちらも下着姿のすずかさんが立ち上がってこちらを見下ろしている。

 すずかさんはにこりと笑う。それから後ろを向いてブラジャーを外した。その状態でゆっくりと振り向いてまた笑う。


 彼女は右腕で胸を隠すような仕草をしながら下の方も脱ぐ。

 何も着ていない裸の姿。少なくとも俺の目にはそう見える。

 口の中がカラカラだった。俺は咳払いをして、持ってきていたお茶のペットボトルで喉を潤した。

 裸にはならないって言ってたじゃん、と俺は美咲に馬鹿にされた時のことを思い出して、ぎりぎり平常心を保つ。


 すずかさんは胸を隠しながら、器用に水着を脚の方から着て、肩まで通すと改めてこちら側を振り向いた。


「どうですか? 可愛いですか?」


 俺はまた咳払いをして、さっき書いた字がそのままのホワイトボードをガラスに押し付けた。


「ありがとうございます。ところで先輩さん、これ使ってもいいですか? ちょっと疲れちゃって」


 すずかさんはスクール水着のまま部屋の奥まで歩いていき、何かを取り出す。円柱状のそれは、いわゆる電動マッサージ器具だ。


 いやでも、流石にわかる。そういうことでしょ。普通にマッサージするだけでは終わらないでしょ。そもそも通常の使用法よりもそっちの使用法の方が主なわけで。


「ダメですか?」


 古宮さんの頼み、取材のため、古宮さんの頼み古宮さんの頼み、取材のため取材のため取材のため。


 俺はスマホのオプション項目から、電動マッサージを選んだ。

 すずかさんはスマホの通知を見ると、また笑顔で感謝の言葉を述べて、マッサージ器具の電源を押した。ブルブルとマッサージ器具が震える音がガラス越しに聞こえる。


「あー、いいー」


 すずかさんはそれを肩に当てて、気持ちよさそうに声を出した。マッサージ器具に揺らされた声は、扇風機に向かって出したようなそれに聞こえた。同じように反対側の肩に当て、ブルブルと体を震わせる。両肩にマッサージ器具をバランスよく当てた後、すずかさんはまたにこりと笑う。


「じゃあ、こっちも」


 彼女は脚を大きく開いてこちらに股間を見せた。お尻からゆっくりと這うようにこちらに体を近づける。足の裏が後少しでガラスにつきそうなくらいだ。

 すずかさんはマッサージ器具を自身の脚の付け根のあたりまで持っていく。


「ああ。いい……」


 さっきと同じ文言だが、さっきよりも少しだけ高めの声。マッサージ器具を自身に当てながらすずかさんはまた笑うが、その笑顔は先ほどまでの爽やかなものではなく、少しだけ苦悶の表情が合わさり、歪んで見える。


 ──ピピーとタイマーの音がした。


「今日はここまで、です」


 すずかさんは電動マッサージの電源をオフにして、床に置いた。

 そして水着姿のまま正座をし、お辞儀をした。この丁寧さが、彼女の店でのスタイルらしい。


「ありがとうございました。今度はもうちょっと早く使わせてもらえると嬉しいな」


 彼女が顔に浮かべるのは最初の爽やかなにこりとした笑顔。


「ばいばい。また来てくださいね、先輩さん」


 すずかさんはゆっくりと立ち上がり、こちら側に手を振って、俺の目の前からいなくなり、待合室まで戻って行った。

 俺は思わず大きく息を吐き、そのまま背中から倒れる。

 なるほど、これは。


「クセになるかもなあ」


 初めてこの店を来た時のすずかさんとは違う、絶好調な彼女を見ての、偽らざる感想だった。


 俺は何ともいえない心持ちで店を出て、とりあえず美咲のスマホに連絡を入れた。さっきの下着は洗って返すからな、とメッセージを送ったが、すぐに返信が来た。


『先輩が使った後の下着はちょっと』

『使わねえよ』

『本当ですか? 信じられませんね』


 ふざけんなよ。

 っていうか仕事中じゃねえのかよこいつ。

 ただまあ、美咲とのいつものやり取りができて助かった。今行き場のないこの悶々とした気持ちを持て余してどうしようかと思っていたところだった。


 結局、何とか美咲を納得させて、次に部室に来た時に下着を返すことにした。

 あらぬ疑いをかけられないよう、さっさと返そう。


『二人ともありがとうねー』


 と、その日の夜に古宮さんから電話があった。


茉莉綾まりあが言ってたよ。君のおかげで調子を取り戻せたって。やるじゃん』

「俺は特に何もしてないんですが」

『そうなの?』

「はい。えっと、茉莉綾まりあっていうのが?」

『そうそう。君が指名してくれた。そっか、店だとあれか。源氏名だもんね』


 そうは言っても、俺のおかげと言われてもピンと来ない。俺は二回しか店に行ってないし。一回目来た時は、彼女には確かにぎこちなさが見えてそれで二回目も行こうと思ったのだが。


『詳しくは今度本人に聞いて。君にお礼したいって言ってたから。あ、連絡先教えても大丈夫?』

「それはえっと、教えて大丈夫です」

『おっけー。じゃあ教えとくね』


 と、そんな風にやり取りをしてしばらくして、“茉莉綾”さんから連絡が来た。


『どうも、茉莉綾です。お店ではすずかですけど』

「あ、えっとはじめまして」

『はじめましては違くないですか?』


 電話の向こうから、茉莉綾さんの笑い声が聞こえた。その声は確かに、お店で聞いたすずかさんのものと同じだ。


『最初はお店でお話しようとも思ったんですけど、ちょっと無理そうだと思ったので』

「そうなんだ? 俺は別に良かったけど」

『お店でお話しちゃったら、パフォーマンスに集中できないですし』

「それはそうだね」

『先輩さんが来てから、ありさちゃん──美咲ちゃんが何度かお店来たんですよ。お客さんとして』


 あいつ俺と行くって言いながら勝手に通ってたのかよ。


『美咲ちゃんが最初来た時、古宮先輩の知り合いだって言うから、てっきり先輩さんがまた来てくれたと思ったんですけど、美咲ちゃん、ものすごい注文多くてびっくりして』


 何してんだあいつ。


『最初来た時の控えめさは嘘だったのかな、って思ったら実は別人だったことが後からわかって。それでちょっと気持ちが吹っ切れたんですよね。だから、わたしが調子を取り戻せたのは、先輩さんと美咲ちゃんのおかげなんです』

「それは、どういたしまして?」


 俺が最初に「すずか」を指名した時、茉莉綾の様子がぎこちなかったのは、以前に来た迷惑客のことが、ちょっとしたトラウマになっていたかららしい。

 その客は、キャスト側からプレゼントを渡す隙間スリットから使用済みのコンドームを投げ入れたり、局部をガラスに擦りつけて見せつけたりしていたという。


『そういう客がいるのも当たり前っちゃ当たり前なんですけど、初めてだったからいざ目の当たりにしたら萎縮しちゃって』

「そうだったんだ」

『でも、先輩さんや美咲ちゃんが優しかったのでトラウマ克服できました。もう大丈夫です』

「それは良かったよ」


 正直何をしたつもりもないが、自分が何か役にたったのなら何よりだ。


『今度、お礼させてもらいますからよろしくお願いします』

「うん、わかった」

『はい!』


 俺は茉莉綾さんとの通話を終え、バタンと布団に体を沈めた。それからゆっくりと息を吐いて、部屋の隅にあるティッシュペーパーに手を伸ばした。

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