色と芸

 キーンコーンカーンコーン、昼休みのチャイムが鳴り、生徒たちが教室に戻っていく。


 佐内さないさんと、あおい先生と色々、アイデアを出し合った俺は、少しの手応てを感じていた。


 そのことで、少し足取りが軽くなっていた俺だったが――


「おい、花咲はなさか。お前、何処行ってたんだ? いつも教室で食べてたよな?」聞き覚えの有る声へ振り返ると、やはりと言うかそこには山口がいた。


 そして、その隣には去年のクリスマスに俺を振った安芸 智子あざ ともこが……廊下で立ち止まった俺たちを横目に、生徒たちが賑やかに話し合いながら過ぎ去っていく。


 彼女はクラスの中でもひときわ輝いており、その人当たりの良さで多くの生徒から好かれていた。


 俺は、この二人の組み合わせに今までとは違った緊張感を抱えながら、山口の問いかけに「ああ、ちょっと保健室に」と短く答えた。


 山口は、「ふーん」と気のない返事をしてから隣の安芸あざさんに目配せをした。


 去年の出来事から、俺は安芸あざさんに複雑な感情を抱えていた。


 そんな彼女と俺は、一瞬目が合った。彼女は、どんな時も明るく振る舞う人気者だ。その笑顔は周りを自然と明るくする魅力が有った。


 当時の俺は、安芸あざさんに熱を上げてしまっていた俺は、勢いのまま彼女に告白してしまったんだ。


 苦みと共に俺の胸を過去が、突き刺してドロドロとした感情が溢れ出してきた。


 そんな俺の感情を知らず、安芸あざさんはにこやかに話しかけきた。


花咲はなさかくん、最近元気になったみたいで良かったわ。ほら、去年のアレがあってから落ち込んでたみたいだから……」最後の方で、安芸あざさんは眉根を寄せながら、優しく語りかけてくれた。


「……」俺は、安芸あざさんになんて応えたらいいか分からなかった。


智子ともこ、そいつに優しくする必要なんて無いだろ?」山口が少し苛ついた様子でそう言った。


健二けんじくん、そんな態度は良くないわよ。私、空気悪いの、好きじゃないの」


 安芸あざさんが、山口を窘めた。彼女は、愛嬌が有って誰にでも親しげだが、嫌なことはズバッと言う性格で、男女から好感が持てる女の子だった。


 そんな、安芸あざさんが、どうして性格が悪くて、乱暴な山口と付き合っているのか分からない。


 彼女は、成績も良くて非の打ち所がないが、山口の家はお金持ちだからなのかもしれない。


 中学生にして、既に相手を選ぶ基準が、お金なのか。それが”大人になる”ってことなのか、俺にはまだ分からない。


 自分の気持ちを把握しかねていると山口と話していた安芸あざさんが、俺に目を向けてこっそりと舌を出した。


 その表情は、普段の彼女とは雰囲気が違っており、ちょっとした意地悪を楽しむかのような仕草だった。


「ねえ、花咲はなさかくん。去年のこと、まだ心に残ってる?」安芸あざさんは、誘うようなその声で、俺の傷を掘り返す。そんな響きを持っていた。


 今の彼女はまるで舞台に立つ女優、計算された仕草が男心をくすぐる。その瞳は普段の明るさとは異なり、ある種の色が入っている。


 その瞬間、俺は安芸 智子あざ ともこの本性を垣間見えた気がした。それは、彼女の行動は常に計算の上になりたっている。そう直感した。


「お前、まさかまだ智子ともこのこと忘れられてないのか? 情けないなぁ、俺たち付き合ってるんだぜ」


 山口は嘲笑うような笑い声をあげた。彼は、安芸あざさんの本性に気づかないのか、あるいは気づいてもそれを楽しんでいるのか……思考の渦で固まっていると、場が一瞬、時が止まったかのような沈黙で包まれた。


 俺は、粘りつくような空気の中で、一つ深呼吸をして、彼らに強い視線を送った。


「そうだね。まだ少しは気にしてたかもしれない。でも、今はもう大丈夫だよ」と力強く応えた。


「ふーん、そーなんだ。私への気持ちはそんなに軽かったんだ。ざーんねん」ちっとも残念そうじゃない調子で、安芸あざさんはそう言ったが、目は笑っていなかった。


 流石に様子がおかしいことに気付いたのか、山口が割って入った。


「おい、智子ともこまた粉かけようとしてんのか。こんな奴に」鋭い視線を俺に送りながら、安芸あざさんの前に立つ山口。


「そうじゃないけど。でも、ちょっと残念じゃない?」クスクスと笑っている安芸あざさんに、山口はイライラしているようだ。


 俺たちの間に濃密な空気が流れ込んできたのを感じた。


「ちっ、もう行こうぜ」そう言いながら山口は、安芸あざさんの手を掴んだ。


「あ、それじゃね。花咲はなさかくん♪」と、最後まで安芸あざさんは、マイペースだった。


 引っ張られていた安芸あざさんは山口に何か話しかけ、彼がクスクスと笑った。


 その様子を見ていると、俺の中の心がざわついた。


 何だかんだ言って、俺はまだ安芸あざさんに未練が有るのかも知れない。


 山口と安芸あざさんが去った後、俺は少しの間、廊下に立ち尽くしていた。


 彼らの後ろ姿を見送りながら、自分の感情を整理しようとしたが、なかなかうまくいかなかった。


 今は廊下には誰も居なくなった中で俺は一人、取り残されていた。


 人気のない廊下の静けさの中で、俺は深い息を吐き出した。


 耳を澄ませると、奥からキーンとした耳鳴りが聞こえてきた。


(大丈夫だ、俺はもう大丈夫)瞳を閉じて、心の中で自分自身に言い聞かせた。


 ――目を開けると、ふと、廊下の窓から射し込む日差しが目に入った。


 その光は、温かくて、俺を慰めてくれるようだった。


「すみません。遅れました」俺は教室の扉を開けて、教室に入ると「もう授業始まってるぞ」国語の先生が気だるげに黒板に向かっていた。


 俺は、自分の席に戻り、ノートを開いて、先生が板書をしている内容を黙々と書き記した。


 その間、体は手慣れた様子で文字を書いているが、心ここにあらずだった。


 頭の中は、『緑化プロジェクト』、安芸あざさんと山口、そして将来のことがぐるぐると、目的地を失ったように彷徨さまよっていた。


つづく

―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


察しの良い悪女ムーブするキャラクターを描くのは初めてかも。

わりと好きなんですよね。悪女。

ブラックラグーンとか最高だなぁ!

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佐内さんは、はな さない ケイティBr @kaisetakahiro

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