花と葵

 ――外から学生たちが元気に遊ぶ声が聞こえる昼の保健室で、お弁当を食べ終えた俺と佐内さないさんは『緑化プロジェクト』についての作戦会議をしていた。


「山口と三下みしたが、『緑化プロジェクト』の係にならないようにするには、俺も何かを提案した上で、立候補しないとならないと考えてるんだ。でも、パッといいアイデアが思い浮かばないんだよね。

……佐内さないさんは何かある?」


 俺がそう聞いたら、佐内さないさんは自分のカバンから『13歳からのハローライフ』と言う本を取り出した。


 その本には付箋が張られており、ページをめくり"植物プラントハンター"と言う職業が一番最初に書かれていた。


 "植物プラントハンター"とは古くは、大航海時代のヨーロッパに有った職業で、各地の様々な植物を集めて王様に献上する仕事だそうだ。


『私、将来植物プラントハンターになって造園の仕事をしたい』と筆談ボードで、佐内さないは俺に宣言をした。


 彼女の顔は、希望で満ち溢れておりとても眩しかった。


 それに比べて俺なんて、まだ将来のことなんて考えて無かった。俺は、そのことが急に恥ずかしくなった。


佐内さないさんは、もう将来のことを考えてるんだ。すごいね。応援するよ」


 彼女は、うん頑張る! と言っているのが伝わる程に両手を握りしめて、瞳が輝いていた。


 そんなイキイキとした佐内さないさん。今までなんとなく生きてきた俺には、彼女は眩しすぎる。


 だから――「あ、そう言えば、佐内さないさんって、どうして保健室登校なの?」つい話を反らしてしまった。その時、ガラガラっと扉が開かれて、誰かが入ってきた。


「ごめんねー。花ちゃん、昼の会議が長引いちゃって、今戻ったわ」おっとりとした言葉遣いで佐内さないに声を掛けたのは、保健室の先生の佐内 葵さない あおい先生だった。


「お弁当、ちゃんと食べた?」あおい先生が佐内さないさんに優しく尋ねると、彼女は小さく頷いて、筆談ボード『はい、ちゃんと食べました。花咲はなさかくんとお弁当交換もしたよ』と書き添えて先生へ見せた。


 佐内さないさんのようすにあおい先生は微笑みながら「よかったわね」と返した。


 名字から分かるように二人は、親戚同士で小さい頃からの仲だそうだ。


 俺が一年生の時、保健室の戸を開けたら、佐内さないさんが先に居たので、室内に入っていいか躊躇しているた。


 その時にあおい先生から、親戚の女の子なの。気にしないで、と言われたから別のクラスの佐内さないさんのことを知っていた。


 あおい先生は俺の方へ目を向け、「花咲はなさかくんが、花ちゃんとお弁当を食べてたのね。君も花ちゃんのお弁当、気に入った?」と長い髪の毛を掻き上げながら優しく問いかけた。


 ほんわりした雰囲気のあおい先生は、男子生徒から人気があった。


 俺もご多分に漏れず、あおい先生には好意を抱いている。


 思春期の男子が、年上の女性に見つめられた時、感じる少しの照れくささを抑えつつ「はい、とても美味しかったです。佐内さない……花さん、料理上手ですね」と答えた。


「あら、そう? 私もそう思ってたけど。花ちゃんは信じてくれないのよね」あおい先生が、佐内さないさんに向かって微笑むと、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。


 その姿を見て、俺は佐内さないさんの新しい魅力を感じた。


 ふと俺はあることを思いついたので、佐内さないさんの許可を取ることにした。


「えっと、佐内さないさんの筆談ボートって貸して貰える? 少しでいいんだ」


 俺の言葉に不思議そうな顔をしている佐内さないだったが、やがてコクリと頷いて俺に筆談ボードを貸してくれた。


 ペンを手に取り、さぁ文字を書こうとすると佐内さないさんが覗き込んで来たので俺は――


「ちょ、ちょっと待ってて。佐内さないさんに見られると書きづらいから」これから行う事の気恥ずかしさでそう言った。


 すると少し、唇を突き出して、不服そうな表情をした佐内さないさん。始めみる彼女の表情は、すっごく可愛かった。


 ――ごめん、見ていいよ。――いや、見られたら恥ずかしい。――と言う気持ちで、俺の心はグラグラと揺れていた。


 いかん、動悸が強くて指先が震えてきた。息も切れて来た気がする。俺の体が、まるで全力疾走をしているかのようだった。


「花ちゃん、彼、見られていると書きづらいみたいよ」くすりと笑いながら、あおい先生がそう言った。


 その言葉に、ハッとした佐内さないさんは、大げさに手を降ってから後ろを向いた。


 すると俺の鼓動は段々と落ち着いてきた。それから、あおい先生になんとも言えない気持ちで視線を送るとそこには、ニヤニヤと笑っている年上の女性がいた。


 年上のオネーサンにからかわれるのが、好きな男子はいるのだろうが……今は集中しないと。


 フーっと、俺は一息をついてから改めて、筆談ボードに向き合った。キュッキュッと、ペンが白いボードを走り染めていく。


 でも、線がキレイに描けない。何度か、書き直しながら佐内さないさんが書いていた可愛い文字とは比べるまでも無いが、まぁ普通に見られる文字を書けた気がする。


佐内さないさん、もういいよ」俺は彼女の背中に声をかけた。すると佐内さないさんはクルッと椅子を回転させて俺の手にある筆談ボードを見た。


 そこには――『今日のお弁当、本当に美味しかった。ありがとう』佐内さないさんはそのメッセージを読むと、目を輝かせてコクコクと頷いた。


 あおい先生は一瞬、俺と佐内さないさんの間にある空気を感じてニマニマとしていたが、急に真顔となり「花咲はなさかくん、ところで花ちゃんが保健室登校してるの。知ってるわよね?」と俺に向かって話を切り出した。


「ええ、前に先生から少し聞きました。でも、具体的な理由は……」俺は、遠慮がちに返答した。


 あおい先生は、「花咲はなさかくんに話しても良い?」と佐内さないさんに問いかけた。


 彼女は、フルフルと首を振って先生へ返答をした。それを確認したあおい先生は、自分の椅子に座ってテーブルに置いてあった水差しから、コップへ水を移してから口の中を潤した。


 俺は、佐内さないさんから拒否されたことに思いの外、ショックを受けていた。


 いや、まだこうして話すようになったばかりなんだ。詳しい事情を知って良い間がらじゃないのかも知れない。


花咲はなさかくんに……詳しいことを省いて説明しておくとね。花ちゃんは、最初から喋れなかったのわけじゃなくて、後天的な物なの。だから、いつか、また喋るようになると良いのだけど……」


「そ、そうなんですか……」もし俺が、ある日突然喋れなくなったとしたら、どれだけ辛いだろうか。


 まだ、佐内さないさんとは出会ったばかりだが、彼女の行動からは強い意思を感じることが有った。その姿が、彼女が芯の強い人間であると今の俺にはわかっていた。


「花は植物のことを学ぶのが大好きで、将来は大学で造園の勉強をしたいって言ってるの。だから、保健室登校でも、彼女なりに頑張ってるのよ」あおい先生は説明してくれた。


 佐内さないさんは、その話を聞きながらも強く頷いて、筆談ボードに『私は大丈夫です。だから、心配しないでください』と書いて俺たちに見せた。


 彼女が"植物プラントハンター"と言う職業に憧れが有るのは、さっき知ったが、大学で造園を学べる所があるのも今知った。


 俺は、本当に知らないことばかりだ。悔しいが、石川先生から『大人になれ』と言われたことが思い出されて、俺はあの時の苦さと共にあの時から何も進歩していなかったのを思い知らされた。


 その強い意志に俺の心を打たれ、「分かりました。佐内さないさんを、これからも応援します。俺自身も何かをやりたいことを見つけないといけないな。と思いました」と力強く答えた。


 佐内さないさんは、俺の言葉に喜んでくれて、可愛らしく拍手をしてくれた。


 今まで、こうやって女子から応援されたことは無かったが、なんだか心が暖かくなった。


 あおい先生は、そんな俺たちの様子を見て、「ふふ、花ちゃんに良い友達ができてよかったわね。二人とも、お互いを大切にしてね」と優しく微笑んでいた。


 ――そんな温かい雰囲気の中で、俺と佐内さないさんはこれからの『緑化プロジェクト』について、さらに具体的な話し合いを進めていくことになった。


つづく

―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


CM 年上のオネーサンは好きですか?

大好きです!!

勿論、同い年の女の子も大好きです!

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