朝と花

 朝のホームルーム、普段と変わらないクラスメイトたちのざわめきが教室を満たしていた。


 俺は、昨日の山口と三下みしたの対策を考えながら空を見ていた。


「HR始めるぞ。皆、静かに。今日は大切な発表があるからな」入ってきたのは石川先生だ。彼の声は、いつも通り淡々としていて冷たかった。そして教室の空気が、一気に引き締まった。


 俺は、石川先生が苦手だった。きっかけは前に山田から嫌がらせを受け始めた時、先生に相談をした。


 けれど先生は『そんなのイジメとは言えない』『世間の評判を考えろ』『大人になるんだ』そんな風に言われた。俺は、納得行かなかったので口答をしたが、石川先生はただただ上から説教をするばかりだった。


 先生は、俺には説教をするが、良くトラブルを起こす山口に対しては、ほとんど説教をしない。そんな風な姿勢が、"大人"の態度だとは俺には理解出来なかったんだ。


「えー、これから我が校は、『緑化プロジェクト』を実施することになった。

これは学校全体の美化と環境教育の向上を目的としており、管理することになった。

なので今後は個人での活動は原則禁止となるからな。

放課後にクラスから委員長を出すから立候補者は、今のうちにそれぞれ案を考えてくれ」


 俺は、その発表に驚いた。今後、個人での活動が禁止ということは、佐内さないさんの花壇はどうなるんだろうか。流石に学校に無許可でやってる理由ではないだろうが、何ならかの制限を受ける可能性があるには違いない。


 すぐに佐内さないさんと話したいが、彼女は保健室登校だ。俺の頭はどうしたら良いのか分からず、思考がぐるぐるとしていると――


「俺、立候補しようかなぁ〜」と山口が言い出した。軽い調子で言っている彼は、周囲の注目を集める為に言っているのは誰の目にも明らかだ。


 山口のこう言った態度は1年の頃からで、最初クラス委員に立候補するも、クラス同士で集まる会議中、ずっと居眠りをしていた。だから、今はもう一人のクラス委員である女子に全て任せっきりだった。


 そんな山口は2年になった時に、クラス委員を降りて今は何の係もしていなかった。


「そんじゃ、僕も〜。僕、植物のこと分からないから丁度、勉強したいと思ってたんだよね」


 続いて三下みしたもそう言い出した。俺は、ついカッとなって三下みしたを睨みつけた。


「おい、三下みした、お前は雑草と花の区別がつかないじゃないか! それで良く、やってみようだなんて言えたな!」ついそう叫んでしまった。


 すると、三下みしたは肩を竦めてやれやれだ。と首を振った。


「だから、勉強したいって言ってるんじゃないか。花咲はなさかは人の話しが聞けないの?」と俺を馬鹿にするような調子だった。


「せんせー、花咲はなさかくんが、僕の意欲を削ごうとしてますー。注意してくださーい」さらに三下みしたは、石川先生に会話のバトンを渡して、俺に対して侮蔑の視線を送った。


「そうだな。花咲はなさか、そう言った決めつけは良くないぞ。それに声を荒げて罵倒するなんて"大人"らしくない。もっと人の話しを聞くように」まるで俺が悪いかのように石川先生がそう言った。


 俺は、沸騰しそうな頭でなんとか、良い言い方を考えていると――


「俺、学校の花壇ってなんかしょぼいと思ってたんだよね。親父に言ってもっと良い物を作るべきじゃないか、話してみようと思うんだ。ほら、この間行った、長野のテーマパークの花壇がキレイだったんだよねぇ」山口が、皆に向けてそう言った。


「いいぞ山口。皆も山口を見習って前向きな提案をするように」


 石川先生から、褒められた山口は得意そうな顔をしており。俺は、彼のなにもかもが気に入らなかった。


 クラスメイト達は、『緑化プロジェクト』について思い思いに話し合っていた。


(今は、何を言っても聞いてくれる気がしない。何か、対策を考えないと)俺は誰かとこの件について話し合いたかったが、このクラスで話せそうな相手は居ない。


「おーい、HRは終わりにして出席取るぞ。安芸あざは居るか」「はーい。いまーす」


 そうしていつものように午前中の授業が始まった。俺は、授業が早く終わらないか、焦る気持ちで心が塞がれて内容が頭に入ってこなかった。


 ――昼休みとなり、俺は弁当片手にすぐに保健室に駆け込んだ。


佐内さないさん! おはよう!」入るなり、佐内さないさんに挨拶をした俺はささくれだった心が、癒やされる思いだった。


 彼女の手元には、可愛らしいピンク色のお弁当箱が開けられており、そこには色とりどりの食材が詰まっていたのだ。


 見ると、一個一個にキレイなカットがされており、お弁当箱の中がキレイな花たちが咲いてるかのようだった。


「すごいね。このお弁当。もしかして佐内さないさんが作ったの?」


 俺の問いかけにコクコクと頷く佐内さないさんは、恥ずかしそうにモジモジしていた。


「本当に花が好きなんだね。俺は母さんに作って貰ってたけど。佐内さないさんのとは大違いだよ」佐内さないさんの隣に座ってから自分のお弁当箱を開いた。


 すると、中から茶色。としか言い表せないお弁当が出てきた。今日はハンバーグが入っているのだが、野菜はニンジンとポテトで、デミグラスソースがかかってるので全部茶色だった。


 見た目は、ともかく男子高校生が食べる物としては良いので、母さんに不満がある理由では無い。


 けれど、佐内さないさんの物と比べてしまうとどうしても見劣りがした。俺が、苦笑を浮かべていると佐内さないさんは、自分のお弁当箱からいくつか俺に野菜を移してくれた。


「え、いいの?」その問に佐内さないさんは、またコクコクと頷いてくれた後、彼女は筆談ボードを取り出して俺に見せた。


『今日は、花咲はなさかくんとお弁当の交換をしようと思ってたの。だからちょっと頑張っちゃった』


 と可愛らしい文字と共に書かれていた。佐内さないさんの提案に、俺の心は嬉しさのあまり心臓をキューンっと突き刺されたように感じた。


 思わず、胸を押さえた俺に佐内さないさんは、不思議そうな顔をしていた。


「ありがとう。嬉しいよ。よ、良かったら俺の弁当も食べて。まぁ俺のは、昨日の晩飯の残りと冷食の詰め合わせなんだけどさ」


 佐内さないさんが俺のお弁当を一口食べた後、彼女の顔がパッと明るくなった。


 どうやらお気に召してくれたようだ。俺は、ほっと安堵の息を吐いた。


 食べ終わった後に、ごちそうさま。の仕草をしてから佐内さないさんは、筆談ボードに文字を書き込んだ。


 そこには『おいしいかったよ! また、お弁当交換しようね』と書かれていた。


 俺と佐内さないさんは、二人で笑い合った。今日は、自然と佐内さないさんとの距離がぐっと近づいた気がした。

 

 そして、佐内さないさんに今朝のHRでの出来事を伝えると、彼女の表情は曇り、戸惑ってしまった。


佐内さないさん、この『緑化プロジェクト』俺たちも何か特別なことをしようよ。だって、悔しいじゃないか、佐内さないさんの花壇をめちゃくちゃにした山田と三下みしたみたいな奴が、しゃしゃり出てくるなんてさ」


 俺は思い切って提案した。早口で捲し立ててしまった俺を見て驚いていた佐内さないさんだったが――やがて、ガバっとペンを手に取り筆談ボードへ文字を書き込んだ。


『緑化プロジェクト、大変そうだけど。私、諦めない!!』そこには筆談ボードを手に取り、やる気に満ちた佐内さないさんが居た。


 佐内さないさんは俺の手を掴んでギュッと握りしめた。彼女の瞳は、強く輝いており、その視線に俺は釘付けだった。


つづく

―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


女の子とお弁当交換をして、手をギュッとされたい。

そんな人生でしたOrz

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