蛮と言

 春の陽光が窓越しに教室を温かく照らしている。外を眺める俺、花咲 太はなさか ふとしは、授業終了のチャイムを待ちわびていた。


 なぜかと言うと、昨日の放課後に佐内さないさんと過ごした時間が、俺の心に小さな変化をもたらしたからだ。


 俺と彼女の出会いは、予想外の出来事だった。


 俺の中で佐内さないさんとの出会いが、段々と大きくなっているのが分かる。


 彼女の笑顔、一緒に過ごしたい。そんな気持ちを抱いたのは、去年のクリスマス前の俺かのようだ。


 どうやら、俺は惚れっぽいらしい。でも、佐内さないさんは思わず守ってあげたくなる。


 そんな少女だったから、この気持ちは保護欲なのかもしれない。色々な考えが、俺の中をぐるぐると回っていた。


 ――チャイムが鳴り響くと、生徒たちが一斉に教室を後にした。俺も慌てて立ち上がり、教科書を急いでカバンに放り込んだ。


 俺の心中は、放課後に再び佐内さないさんと花壇の世話をすることでいっぱいだったからだ。


 外履きに履き替えて校庭に足を踏み出すと、無意識のうちに直行で花壇へと向かっていた。


 ――見ると、佐内さないさんはすでに、花壇で作業をしている様子だった。


佐内さないさん、今日も手伝うよ!」


 俺が、そう声をかけると佐内さないさんは振り返ってくれて、優しい笑顔で小さく手を振ってくれた。


 佐内さないさんに近づく俺の足は、自然と軽やかになった。


 彼女の仕草に合わせて、俺は手を振り返しながら小走りで近づいた。


 佐内さないさんは、筆談ボードを取り出して掲げた。


『はい、よろしくお願いします、花咲はなさかくん』と彼女の筆談ボードには可愛らしい文字と花柄が添えられており、事前に用意してくれたことが伝わってきた。


 今日も来るとは佐内さないさんと約束していたが――もしかしたら来ないかも知れない――


 全くそんな考えが無い様子の佐内さないさんを見ると、こうやってすぐに来て良かったと感じた。でもチキンハートな俺は……


佐内さないさん、待たせちゃったかな?」佐内さないさんにそう聞いたが、彼女はフルフルと首を振って、その懸念を払ってくれた。


 その俺の心は弾んで、キモチが暖かくなった。お互いに微笑み合ってから俺たちは黙々と作業を始めた。


 俺は水やりを、佐内さないさんは雑草取りを担当する。


 たまに視線が交わると、お互いに笑顔を交わし、それだけで心が暖かくなった。


 けれど、その平和な時間は長く続かなかったんだ――


「おい、花咲はなさかぁ。今日も佐内さないと遊んでんのか?」背後から聞こえた声、それに聞き覚えのある僕は嫌な予感がした。


 正直、見るまで無いが無視するわけにも行かない。俺はイヤイヤな気持ちで振り返ると、やはりと言うかそこには山口が立っていた。


 しかも彼の隣には、取り巻きの一人、三下 次郎みした じろうもいた。


 二人は何か悪巧みをしているような顔で、俺たちを見下ろしていたんだ。


 嫌な予感が俺の背筋をよぎった。それは、佐内さないさんも同じなのか、彼女を見ると顔が青ざめていた。


 隣の女子がこんな表情をしている中で、男の俺が弱気になってどうする。俺は、なけなしの勇気をもって心を落ち着かせ、山口たちに対応しようと心に決めた。


「遊んでないよ。佐内さないさんと一緒に花壇の世話をしてるんだ」


 山口はにやりと笑うと、三下みしたが前に出て「僕たちも手伝うよ。ね、山口くん」と言った。その言葉に、不敵に頷く山口。


 その言葉の裏には、良くない意図が隠されてるのを感じたが、三下みしたに対して強く否定する根拠が無い。


 隣の山口を理由にすることも出来るが、今の段階で言いがかりをつけると性格が悪いのは俺だ。とされかねない。


「どうしようか?」俺は、佐内さないさんに声をかけて目配せをしたが、彼女もどうしたら良いか分からないようだった。


 そんな俺たちの様子を見ながらニヤニヤとしている。山口と三下みしたは、大股で近づいて来た。三下みしたが、佐内さないさんの手にある雑草を見ると、よこしまな笑みを浮かべた気がした。


「雑草取りをしてるんだなよな」三下みしたはわざと草を引くふりをして、花を根こそぎ引き抜いた。その蛮行に佐内さないさんの驚いた表情が、俺の怒りに火をつけた。


「やめろ、三下みしたそれは雑草じゃないっ! 見てわからないのかよ!」俺は、かつて無い程の怒声を上げた。


 けれど三下みしたは、次々と花を引っこ抜いて、花壇を荒らしていた。


「どれが、雑草かなんて、僕分かんなーい」とふざけたことを言っていた。


 山口は、「そうだぜ。さっさと三下みしたに教えないとアイツ止まんねーぜ」と言いながら笑い転げていた。


 俺は、あまりの怒りで視界が真っ赤に染まって、拳を握りしめて三下みしたをぶん殴ろうを足を踏み出した――その時だった。


 ガシッと俺の袖が、掴まれた。振り返ると、掴んだのは佐内さないさんで、彼女は決意に満ちた瞳をしていた。


「こんなの許せないよ。佐内さないさん俺を止めないでくれ!」


 そう、彼女に対して叫んでしまったが、それでも佐内さないさんは力強く俺の袖を掴んでいた。


 その間も、三下みしたの蛮行は続いている。早くなんとかしないと。焦る俺の気持ちとは裏腹に佐内さないさんが離してくれる様子はない。


「分かった。佐内さないさんがアイツらに伝えたいんだよね? 任せるよ。でも、必要あれば俺も手伝うから!」


 佐内さないさんに対して、俺は彼女を手伝う事を誓った。


 山口は、俺たちの様子を見て「はやくしろよー」だなんてふざけた態度を見せていた。


 またもや俺の頭が沸騰しそうになるが、この状況で一番傷ついているのは佐内さないさんだ。


 彼女の意思を尊重しよう。そうは思うが、俺は悔しさで涙が出てきた。


 それは、佐内さないさんも同じなのか、大粒の涙を流しながら筆談ボードを取り出し、何かを書き始めた。


 書き終えると彼女はそれを高く掲げ、山口たちに向けて見せた。


『私たちは、この花壇を大切にしています。お願いですから、荒らさないでください』


 その言葉には、静かながらも強い意志が込められていた。


 山口と三下みしたは、瞳を真っ赤にさせながらそう宣言した佐内さないさんに一瞬たじろいだが、すぐに嘲笑を浮かべた。


「ふん、こんなのつまらねえことで、必死になってんなねーよ。だせぇ」と山口は言い捨てた。

「ごめんねぇ。僕には花と雑草の区別なんてつかなかったよー。ほんとごめーん」三下みしたは、最後までふざけた調子で、謝罪にならない言葉を繰り返していた。


 そうして二人が去った後を見ると、ぐちゃぐちゃに荒らされた花壇が残っていた。


 まだ春が来る前だから、花を付けていなかったその花壇を見てただただ虚しさを感じていた。


「……」放心状態で立ち尽くしていた俺は、すぐに何かをする気持ちが湧いてこなかった。


 けれど、佐内さないさんは荒れ果てた花壇を前にして、止まらぬ涙を来にもせず丁寧に花を選別し始めた。


(なんて、強い心の持ち主なんだ。佐内さないさんは俺とは大違いだ……)


 昨年のクリスマス前、つい調子に乗って告白してから長い間、放心状態となってしまった俺と佐内さないさんは違う。そう感じてしまい。


 単純な暴力で、解決しようとしてしまったのが恥ずかしくなった。


 まぁ、ひ弱な俺じゃアイツらを力で押さえつけるなんてことは出来なかったんだ。出来て先生を呼ぶくらいの物だ。


 でも山口の親は地元の有力者で、この学校に多額の寄付をしていた。その家の次男である彼を先生たちは強く注意出来ない。


 だから、山口はトラブルメーカーと共にアンタッチャブルな触れることができない存在として認識されていた。


 三下みしたは、そんな山口にひっつく腰巾着として認識されており、彼は山口がトラブルを起こす時の実行犯として知られていた。


 すぐに対策は思い浮かばないが、山口と三下みしたを放おっておくだなんて出来ない。何か対策を考えなければならない。


 でも、彼女の小さな身体には確かな意思の強さが宿っていると感じた。


 そんな佐内さないさんに対して、俺は心の中でアイツら対してやり返したい気持ちと共に、彼女を守り抜くことを心に誓った。


つづく

―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


連載開始です! ストックある限り毎日投稿していきます。

けどストックが少ない、ガクブルしてる作者は俺だっ。

((((;゚Д゚))))

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