佐内さんは、はな さない

ケイティBr

花と花

 春、それは出会いと別れの季節。なんて、誰が決めたんだろう、別れは春だけに許された特権だなんて。


 俺、花咲 太はなさか ふとしはそんなことを考えながら、冬の名残りを引きずるような冷たい風を背に感じていた。


 中学二年生になったばかりの俺には、ポッカリと空いた穴があった。


 それは……失恋。昨年のクリスマス前、気になっていたクラスの女子に勢いで告白してしまったんだ。


「ごめん、今まで花咲くんを恋愛対象として見たことなかったの。

花咲はなさきくんは私のタイプじゃないって言うか……それに私、彼氏いるから」


 その後は、何を言われたのか覚えていない。


 まぁ、失恋なんてものは季節の変わり目みたいなもんで、いつかは通り過ぎる。


 そう自分に言い聞かせながらも、心の穴がズキズキと痛んでいた。


 ――ある日、僕は花壇の世話をしている一人の少女を目を留めた。


 彼女の名前は佐内 花さない はな


 保険室登校をしている彼女とは話した事が無かったが、小動物のような可愛らしい佐内さないさんのことは知っていた。


 今日の佐内さないさんは何かに困っているように見えた。


「大丈夫? 何か手伝う?」そんな彼女へ俺は声をかけた。


 けれど、佐内さんは、少し戸惑った様子で、筆談ボードを取り出した。


『ありがとうございます。手伝ってもらえると嬉しいです』


 驚いた。そうか彼女は喋れなかったのか。


 彼女との筆談ボードを介してのやり取りが、新鮮で俺の心が動かされた。


 俺は佐内さないさんの横に座り、一緒に花壇の世話を手伝い始めた。


 小さな花たちに水をやりながら、俺たちは筆談ボードで会話をした。


「俺は、花咲 太はなさき ふとし。よろしく」


佐内 花さない はなです。名前がお花つながり♪』筆談ボードに書かれた文字が可愛らしく踊っていた。


 ふわりと笑っている彼女に当てられて、俺の頬が佐内さないさんにつられて緩んだ。――その時だった。


「おい、花咲! 何してんだ?」突然、背後から聞こえた声に振り返った俺。


 そこには、クラスのトラブルメーカー、山口 健二やまぐち けんじが立っていた。彼は、サッカーボールを蹴りながら、こちらに近づいてきた。


佐内さないさんの花壇の手伝いをしてるんだ」俺は、山口に対して警戒しながら答えた。


「へぇ、俺も手伝おうっかな? いいよね。佐内さないさん?」山口はニヤリと笑って、わざとらしく花壇の方に近づく。すると、彼の足がサッカーボールを蹴り、弾んだボールが花壇の中を乱暴に押し倒し、つぶされた花の跡が広がった。


 佐内さんは、悲しそうにその花を見つめ、俺は思わず怒りが沸いて――


「おい、山口。ちゃんと見て歩けよ」刺々しい言葉を放った。


「おっと、悪りぃ」山口は肩をすくめて、そう言いながらも、その声に反省の色は見えなかった。


「山口ー、はやく戻ってこいよ」遠くから別のクラスメイトの声が聞こえてくると山口は――


「あ、俺待たせてる奴らがいたんだったー。そんじゃな」唇を歪めながら、わざとらしく、そう言って彼は去った。


 山口は、俺がクリスマス前に告白してしまった女子の彼氏だった。


 皆の前では、バレないように隠していたので気づかなかったが、山口が俺の告白を知るとこうやって何かと嫌がらせをしてくるんだ。


「ごめん、俺が声をかけたせいで……山口に目を付けられたみたいだ。前から、何かと目を付けられてるから、俺は佐内さないさんを手伝わない方が良いかも知れない」


 このままだと、佐内さないさんも嫌がらせの対象になってしまうかも知れない。その事に気付いた俺は、気まずくなって、俺は花壇から離れて行こうとしたが――ガシッっと、俺の袖が掴まれた。


「えっ」振り返りながら佐内さないさんの顔を見ると、彼女はフルフルと首を振っており。


 何かを伝えようとしていることは分かった。


 佐内さないさんは筆談ボードを慌てて取り出し、必死に何かを書き綴り、ボードを俺に向けて見せた。


「花咲くんがいてくれると、私、うれしいです。山口くんのことは気にしないでください」


 その言葉を見た瞬間、俺の心は軽くなり、心の奥の何かがジワリと温かくなるのを感じた。


 山口の嫌がらせなんて、とてもちっぽけな物だ。そう思い込もうとした。


「そっか、じゃあ……手伝わせてもらってもいいかな?」俺は少し照れくささを感じながらも、そう言って笑った。


 すると、佐内さないさんは嬉しそうに頷き、そして二人で花壇の手入れをした。


 佐内さないさんは、話せないから、俺は何をするべきなのか彼女の身振り手振りや、視線を追った。


 彼女の意思を確認しつつ行う作業は、俺にとっては単調な物では無く、とても楽しく感じた。


 そんな俺たちには、冷たい風が吹き抜ける季節の変わり目にも負けない、ほのぼのとした空気が流れていた。


 ――放課後、俺たちは学校の花壇で何時間も過ごした。


 時々、クラスメイトたちが何をしているのか覗きに来たけれど、一言二言話すだけで皆、過ぎ去っていった。


「これからも、よろしく。佐内さないさん」


『はい、花咲くん。よろしくお願いします♪』


 俺たちの筆談ボードには、そんなやりとりがいくつも残された。


 このやり取りはまるで、二人だけの秘密の会話のようで、俺の心をくすぐるものがあった。


 いままで女の子とこんなに密に接したことの無い俺にとって、とても貴重な体験だった。


 それは、佐内さないさんも同じようで、ニコニコと笑っている。晴れやかな佐内さないさんの笑顔に俺は、鼓動が弾むのを感じた。


 この日、俺の長い冬が終わり、春の彩りが芽吹き始めたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


KAC20245お題 はなさないで


タイトル『佐内 花さない はなは、はなせない』


話す事が出来ない女子に、袖を離されなかった。


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