別れ話

野林緑里

第1話

「もう二度と話さないで」


 それは彼女の言葉だった。


 彼女と出会ったのは中学生の頃。同じクラスになったのがきっかけだ。最初は友達同士だったのだがいつの間にかお互いに恋愛感情を抱くようになり、中学2年に上がる頃には付き合うようになっていた。


 彼女と過ごす時間は本当に幸せなものだった。


 一緒に帰って一緒に遊んで、初めてキスをした。


 そして付き合い始めてさほど経たないうちにはじめての体験をした。


 それから何度も寝たしたくさんデートもした。


 でもどこかでお互いに恋愛感情を抱かなくなったのだ。それどころかいることが煩わしくもなってきており、幸せだったはずの時間が息苦しい時間に変わっていったのだ。


 やがて俺のほうから別れを切り出した。


 最初驚いたような顔をした彼女だったがどこか冷めたような顔をすると


「そうね」


 そういって彼女の視線はそらされた。


 そのため、彼女が本当はどう想っていたのかわからない。


「ここでもう終わり。もう二度と話さないで。私ももう二度と話さないから」


 そういって彼女は俺に背を向けて去っていった。


 これで終わりなんだ。


 もう二度と彼女に話しかけることもできないのか。


 小さくなっていく彼女の後ろ姿を見ているとものすごく寂しさを感じた。


 このまま彼女を行かせていいのだろうか。


 本当に彼女に対する恋愛感情は失くなったのか。本当に煩わしく思っているのか。


 本当にもう幸せを感じていないのか。


 俺は去ろうとする彼女の背中を見ながら自問自答した。


 でも彼女は言ったではないか。


 もう二度と話さないでと言った。


 もう二度と話しちゃいけない。  彼女と話してはいけないんだ。 



 ならば、俺は彼女を追いかけてはならないのではないか。


 いや


 待てよ。


 彼女は「話さないで」といっただけだ。


「話しかけないで」とはいっていない。 


 いやそもそも


「話さないで」なのか。


 そんなこと考えていると背を向けていたはずの彼女がこちらを振り返っていた。


 そしてなぜかズカズカと近づいてくるではないか。


 いったいどうしたというのだろうか?


 呆然としていると彼女が俺の手を強く握りしめた。


「なにぼーっと突っ立てんのよ! 何度も言うわよ! 私は絶対に離さないからね! だから別れるなんていわないでよね。もう二度と離さないでよ。 離したら本当に許さないから」



「はい?」


「絶対に離さないよおお! 放したらあんたはどこか消えてなくなりそうだもん! だからずっといっしょにいるの!」


 彼女は涙目になり興奮したように言う。


 そんな彼女の様子を見て俺は笑いがこみ上げてきた。


「なによ!  笑ってんじゃないわよ」


 ムッとする彼女が妙に可愛らしい。


 こりゃあ、離れられないなあ。


 俺は彼女の頭をぽんと叩く。


「はいはい。わかったよ。もう二度と別れるなんていわねえよ。ずっと君のそばにいるし絶対に離さない」


「うん! 愛してる」


 彼女は俺に抱きついてきた。


 俺もぎゅっと彼女を抱きしめたのであった。






 余談なのだが、そのことを友人に話すと「彼女怖っ!」という感想だった。


 え?  


 どこが怖いんだ?



 俺にはまったくわからないや。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

別れ話 野林緑里 @gswolf0718

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ