雨の御霊 陸

雨月 史

KAC20245

 京都駅近くのカフェベローチェで、伊勢へ向かう計画を立てて、やや急足で17時27分発の近鉄京都線急行の橿原神宮かしはらじんぐう前行に乗り込んだ。興味のある事はとことん調べたくなる僕の性格が『橿原神宮かしはらじんぐう』という名前に惹きつけられて、Googleで検索をかける。成り行きまかせの小旅行ではあるが興味深い神社へと誘われるようだ……。



ゆず……。」


柚彦はマメな性格だ。

思った事はすぐにメモしたりして、気になる事は後でじっくり調べるらしい。

ザックリした私とは随分と性格が違う。

彼が一生懸命スマホに打ち込んでると、

何を書いているのか気になってしまい、

つい覗き込んでしまう。


「ん?どうしたん?」


「いや……なんやまた、一生懸命書いてるなーて思ってね。それだけよ。」


そうすると彼はスマホをコートのポケットにしまってニッコリ微笑んで、繋いでいる手をキュッと握ってくれる。いつも私を潤してくその手は体のわりに小さくてそしてなんだかあたたかい。そういう何気ない日常に、私は満たされているのかもしれない。そう思い私も柚の手を握りなおす。

私は柚彦の事がやっぱりす…


「イタタっ!!」


「え?!」


と手を振り払われる。


「美晴のその…サカムケ?!やばいねー

手……ザラザラして痛いわ。」


す……すっとこどっこいが!!

少しは空気よめ!!!


「え?!何怒ってんの?」


電車は次の駅に差し掛かったのか、スピードを落としかけていた。ゆっくりとブレーキがかかるのを体で感じながら手を離された事に不貞腐れて、プイッと窓の外を見ていた。17時を過ぎるともう外はすっかり夜の闇に包まれていた。時折見える月の光がなんだか暖かく感じた。トンネルに入ると闇に反射して車窓には困った顔をしている柚と寂しそうな顔の私が写っている。


トンネル中頃で耳がキーンとなって、なんか気が遠くなるのを感じてそのまま目を閉じた。


私は……柚とずっと手を繋いでいたい。

結婚しても、

いつか子供が生まれて、

お母さんになっても、

おばさんになっても、

おばあちゃんになっても、

周りにがどんな目で見ようと、

私はずっと好きな人と手を繋いで歩いていきたいのだ。


だから……その手を


そう思った時だった。

突如私の頭の中に女の声が聞こえた。


『それB'zのデビュー曲よね!!』



「え?」


そしてリズミカルにこう続けた、

『だからその手を……。」


なんなんこれ?幻聴?それとも聞いてはいけない霊の声とか?!けれどもそんな事より関西人の血が恐怖よりもツッコめと脈打つのだ。


「離して……やわ。だからちゃうわ。」

そしたら勝手に反応してつっこんでしまう。



『そか。じゃーあれや、なんやったかいな、おニャンコクラブの、ほれ、セーラー服を……』



「それは脱がさないで!!やわ。全然ちゃうし、しかもさっきより離れていってるし。」

いちいち反応してアホやわー私……いやそれよりも……


「そもそもいったい誰なん?」



『誰って?そうです何を隠そう、私が雨照大御神あめてらすおおみのかみなのだわ。」


天照大御神あまてらすおおみのかみ?ってあの?なんか偉い神様?の事?」


『そうそう私はその、雨照大御神あめてらすおおみのかみよ。』


「ん?」


『ん?』


なんか違和感?何と無くニュアンスが違うような……。けどそんな事よりなんなの?

どちらにしても勝手に土足で人の心に入り込むなんて……いったい何様のつもり?


『何様って…これでも一応神様なのよね。』


落ち着け落ち着くのよ美晴。

これはきっと……。


『いやごめんやけど夢ちゃうよ。今あなたの心に暗雲が立ち込めたでしょう?ほら雨の匂いてあるじゃない?心の雲行きにもそういうのがあるわけ。特にほら色恋のそういうの私大好きだから(笑)居ても立っても居られなくてね。』


なんなの?神?心の雲行き?まともな事言ってるのに「最後は色恋のそういうの大好き(笑)」って世話好きのおばちゃんか?



『はははは!!世話好きのおばあちゃん!!いい線ついてるわ。まーそれにね、なんていうか目的が一緒だからさ、あなた達が来るのを待っているわけ。ほら、お姐さんなんだかするのよ。ていうか神に憑かれやすい体質なのねーきっと。』


なにそれ?


『まー細かい事は置いておいて、あなた雨之御中主神あめのみなかぬしかみの箱守のしろがねちゃんを探しているんでしょう?』


え?なんで?しろがね?いや名前は知らんけど……


『それ、私が預かっているのよ。何預かっているかって?うーん……今はわ。長くなるからね。とにかく早くいらっしゃい。私は雨夫婦あめおと岩戸いわとで待ってるわ。』


何なん?何となく有名観光地のパロディみたいな名前は?私しらんで『雨夫婦あめおとの岩戸いわと』なんてところ。



『パロディ?いや違うわ。オマージュね。

そこには尊敬の念があるから。じゃー待ってるからねー♡』


いや待ってるからねー♡やないわ!!

パロディとかオマージュとか意味わからん事を会話にはさんで、全くもって納得いかないわ。


「おーい!!美晴着いたよ。」


「え?!!」



私は確かに今、神と言われるひと?と会話をしていた。けれどもいったいいつからがその境目かわからなかった。


「なんや急にボーっとして。」


よく考えればあの女のひとと話している時は柚彦もこんちゃんもいなかった。つまり私は今おそらく何らかの理由で神の領域をおかしていたのかもしれない。

……いや待てよ。むしろ領域を侵したのは私じゃなくて神の方だ。人のナイーブな心に土足で入り込んできて(涙)んーじゃなんや?

どこからが現実なんや?

それを確かめたくなってこんちゃんに質問してみる事にした。


「あ、うんごめんごめん。とこでこんちゃん。居なくなった箱守ってしろがねっていう名前?」


「え?!あねさんなんでその名前を知ってるんでっしゃろか?」


やっぱりだ。

「いやなんだっけ、雨照大御神とかいう女のひとがそう言ったのよ。」



「なになに?どうしたの?大丈夫か美晴?

今までずっと一緒にいたやんか。いったいいつ言ってたというん?」



「今よ。今の今。なんや雨夫婦の岩戸に来いって言ってたよ。」


柚彦は険しい顔をして少し考えた後、

ニッコリと私に笑顔を見せてこう言った。


「ならば行き先ははっきりしたね。」


「こんな現実味のない話信じてくれるの?」


「当たり前だよ。そもそもこんちゃんが現れた時点で現実も何もファンタジーな世界へ飛び込んだ気持ちだよ。それに僕は美晴の言ってる事は疑った事ないよ。」


柚……。


そう言いながら柚は左手をだした。

柚はいつも私の右側に立つ。

それが私と彼のルーティンみたいな物で、

定位置のようだ。反対側に立つとなんだか落ち着かない。

柚彦も同じ事を言っていた事がある。

私はサカムケを気にしながら手をのばして、

こう願った。

柚彦もう私の手を……


とそこにこんちゃんが、スッと私と柚彦の間に入って両方の間に入って手を繋いだ……。


「これはやはり神の導きですぞ。さーお二人とも行きやしょう!!目指すは『雨夫婦の岩戸』!!」


いや空気よめ精霊の端くれ……。

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雨の御霊 陸 雨月 史 @9490002

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