第5話 つながる心

工芸品市の後、甚九郎と壇鉄の話は少しずつ街中に広がり始めた。甚九郎のブースを訪れた人々が、壇鉄の物語とその美しい簪の話を家族や友人に伝え、興味を持つ者が増えていったのだ。甚九郎は、工房に戻り、新たな簪作りに没頭する。壇鉄の技術をさらに深めるため、そして彼の名誉を一層高めるためだ。


一方、壇鉄も甚九郎の成長を嬉しく思いながら見守っていた。彼は甚九郎に更なる技術を教え、二人の間の信頼関係は日に日に強くなっていった。


ある日、工房に地元の小学校から一通の手紙が届いた。それは、甚九郎が壇鉄の簪とその背景について話すことを、学校の授業で紹介してほしいという内容だった。甚九郎は初めての公の場で話すことに緊張したが、壇鉄の物語をもっと多くの人に知ってもらいたいという強い想いが、彼の決意を固めさせた。


授業の日、甚九郎は壇鉄が作った簪と自分が作った簪を持ち、学校へ向かった。教室に入ると、好奇心に満ちた子供たちの目が彼を迎えた。甚九郎は深呼吸をして、壇鉄の物語を話し始めた。


「かつてこの街に、壇鉄という名の飾り職人がいました。彼は非常に才能があったけれども、ある日突然、不当な理由で名誉を汚されてしまいました。」


子供たちは静かに耳を傾け、甚九郎が持ってきた簪に目を輝かせた。甚九郎は簪作りの基本的な技法も簡単に説明し、壇鉄が生きた時代の話や、飾り職人としての彼の情熱について話した。


授業が終わる頃には、子供たちは自分たちで何かを作ることへの興味を強く持ち始めていた。甚九郎の話が、彼らに新たな可能性を見せたのだ。


「先生、僕たちも簪を作ってみたいです!」


甚九郎はその言葉に心からの喜びを感じた。彼は壇鉄の技術を次世代に伝えることの大切さを改めて実感した。


学校を後にするとき、甚九郎は空に向かって微笑んだ。彼は壇鉄がどこかで見守ってくれていることを感じていた。


「壇鉄さん、僕たちの話は、もっと多くの人々に届き始めています。」


この日、甚九郎は壇鉄の名誉を回復するための一歩を踏み出しただけでなく、飾り職人の魅力を次世代に伝える使命を新たに感じていた。

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