第2話 簪作りの初歩

翌日、甚九郎は夜が明けると同時に、再びその古工房の扉を開けた。壇鉄の幽霊は、まるで待っていたかのように彼を迎え入れた。


「今日は、簪作りの基本から始めよう。」壇鉄の声は風のように軽やかで、工房内に満ちていた。


甚九郎は作業台の前に立ち、壇鉄が指し示す道具たちを一つひとつ手に取った。彼にとって、これらの工具はただの金属片に過ぎなかったが、壇鉄の手にかかると、生き生きとした物語を紡ぎ出す魔法の道具に変わるのだろう。


「簪作りは、ただ物を作るだけではない。それは、心を形にする芸術だ。」壇鉄が教える言葉に、甚九郎は真剣な眼差しで頷いた。


最初に、壇鉄は甚九郎に金属の板を削り、形を整える方法を示した。手を動かす甚九郎の隣で、壇鉄は時折、彼の手を導くように空気を掻き分ける。その動きは、幽霊だということを忘れさせるほど自然で、甚九郎は少しずつ手の動きに自信を持ち始めた。


「もっとこう…そう、その調子だ。」


作業が進むにつれて、甚九郎は簪に込められた思いや、その一つ一つに宿る物語に惹かれていった。金属が徐々に形を成す過程で、彼は何かを作り出す喜びを感じ始めていた。


「素晴らしい、甚九郎。お前は、見る目がある。」壇鉄の言葉に励まされ、甚九郎はさらに集中して作業に没頭した。


夕方になると、彼らの前には簡素ながらも美しい簪が完成していた。それは、甚九郎が初めて作った簪であり、彼にとって忘れられない宝物となった。


「これは、始まりに過ぎない。」壇鉄は遠くを見つめながら言った。「お前と共に、もっと多くの物語をこの世に残していきたい。」


その日、甚九郎は自分にも何かを成し遂げる力があること、そしてそれが他人にも喜びを与えられることを知った。これが、彼と壇鉄、二人の簪作りにおける長い旅の始まりだった。

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