飾道(かざりみち)

牡猿音咲家族

第1話 幽霊壇鉄との出会い

山﨑甚九郎の足取りは、朽ちかけた古い工房へと向かっていた。学校に行かなくなってからというもの、彼は古いもの、忘れ去られたものに強く引かれるようになっていた。その日も、何かを求めるかのように、街の隅にひっそりとたたずむ工房の前に立っていた。


扉は軋む音を立てて開き、ほこりっぽい空気が甚九郎を迎え入れた。中は想像以上に広く、壁には工具がずらりと並び、中央には大きな作業台が置かれていた。甚九郎が足を踏み入れた瞬間、ふわりと何かが彼を包み込むような感覚があった。


「誰かいるのか?」


声には答えがなく、ただ静寂が広がるのみだった。甚九郎が奥へと進むと、ふと彼の目に飛び込んできたのは、精巧に作られた簪だった。その簪は、かつて誰かが大切にしていたことが感じられるほど、美しく、繊細だった。


「美しい…」


彼がその言葉を漏らした瞬間、冷たい風が吹き抜ける。


「それは、私の作品だ。」


驚いて振り向くと、そこには透明な輪郭を持つ男性が立っていた。彼は壇鉄と名乗り、かつてこの工房で飾り職人として名を馳せた人物だった。しかし、不幸な出来事により幽霊となってしまったという。


甚九郎は恐怖よりも、壇鉄の存在に強い興味を抱いた。二人の間には、見えない何かが通じ合っているような感覚があった。壇鉄は、甚九郎がこの工房に足を踏み入れた理由を何となく理解しているようだった。


「ここには、たくさんの物語がある。私と一緒に、それを紡いでみないか?」


甚九郎は、この不思議な出会いが、彼の人生に新たな章を開くことを直感した。彼はゆっくりと頷き、壇鉄との奇妙な共同作業が始まることを受け入れた。


この日、甚九郎の世界は、まだ見ぬ色と形で満たされ始めていた。

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