第二十五話 けっしておいていかないで
俺はアカールが作った飯をたらふく食べた後、就寝準備を済ませ眠りにつこうとしていた。床に敷いた布団に背中をつけると、冷たい温度が伝わってくる。そして布団は妙に湿っていた。昨日の汗を吸収しているのだろう。
(あまり洗わない感じなのかな……)
そんなことを脳裏に浮かべながら、俺はゆっくり目を閉じる。意識を手放し、夢の世界へ遊びに行こうとしていた時だ。右からがたりと物音が聞こえてきた。俺が目をゆっくり開けて顔を向けると、部屋の外に出ていくヒサメの姿があった。
(一体、どうしたんだろう?)
俺は扉が閉まったことを確認してから、足音を立てないように忍び足で床を歩き始めた。足音を必死に殺しながら床を踏みしめていると、玄関から音が鳴る。どうやら外に出たようだ。
俺が緊張しながら外に出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。空を見上げると、満点の夜空が浮かんでいる。天気が良いと、俺はこの時始めて認識した。あらためて考えると、直近の俺には空をしっかりと眺める余裕なんてなかったと思う。
「きれいだなぁ……」
「僕もそう思うよ。というか、なんでいるの?」
「……すまん、つけてきちゃった」
俺は自分の後頭部を撫でながら、唇を尖らせているヒサメに頭を下げる。そんな俺に対し、ヒサメは「別にいいよ。僕も怒っていないしね」と二つ返事を返す。
「……ヒサメ。お前は怖くないのか?」
「なにが?」
「戦うことだよ。神様だって、死ぬときは死ぬだろ?」
「面白いことを言うね。考えたこともなかったや」
ヒサメは空を眺めながら軽い調子で返事する。表情から察するに、本当に思いもしなかったのだろうと俺は認識した。
「クロウはやっぱり、怖いの?」
「当たり前だろ。死ぬのは誰だって怖いさ。だってよ、死んだら自分の思い出で記憶を無くしてしまうんだぜ? 自己の消失っていうかさ、それが怖いんだよ」
「ふぅん……そっか。確かに今のクロウは忘れているんだもんね」
「あぁ、そうだ。自分の素性や名前は全部忘れているさ」
俺はこめかみをなぞりながら自分の脳を回転させる。しかし、生まれるのは現代社会ではやっていた情報や学んだことばかりで、家族構成や自分の名前・素性はひとつも思い出すことはできないのだ。
これは、転生した影響だと思っている。輪廻転生した生物が記憶を保持しているのは、ほとんどない。殺人事件で殺された被害者の魂が子供に憑依し事件解決したということもあったらしいが、あぁいうのはイレギュラーだろう。
何より――
「今の俺が死んだら、お前たちと紡げる筈だった楽しいお話が終わるからな」
「えっ……もしかしてそれって、プロポーズってやつぅ?」
「バ――カ。そんなんじゃねぇよ。何言ってんだ」
俺がぶっきらぼうに返事を返すと、ヒサメはにへへといたずらっぽく笑った。悪戯好きな女の子みたいな行動をする彼を見ると、不思議と胸が高鳴ってしまう。
「……クロウ。一つ、約束してほしいことがあるんだ」
「なんだよ、あらたまって」
彼はしばらくの間黙った後――俺の胸元に体を預けた。
その行動に顔を赤らめながら動揺する中、彼は言葉を震わせる。
「僕よりも、絶対に早く死なないで。僕を、おいていかないで」
小さく肩を震わせながら漏らした言葉が、空に溶けていく。そよ風に飛ばされてしまうのではと思わせる彼を見たら、自然と口から言葉が漏れ出ていた。
「………………あぁ、約束するよ」
二人だけの一夜。
俺たちは、互いに抱擁しながらしばしの時間を過ごすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます