第二十四話 立ち向かう勇気と決して折れない覚悟

 俺はヒサメと一緒に部屋の中に籠っていた。食品類をしまいたかったが、精神的な余裕が行動を抑制する。仲間の窮地に対し何にも行動できない無力感にさいなまれている中、隣でしゃがんでいたヒサメが俺の左手を握ってきた。柔らかく、あたたかな温度を持った手だ。俺がそんな風に感じていると、控えめな笑みをうかべたヒサメが優しい声でこう言ってくる。


「クロウ、そんなに怯えなくたって大丈夫だよ。アカールが強いのは、僕たちが一番わかっているしね。だからさ。僕たちは彼の言う通りにしようよ」


 掌から伝わってくる体温と言葉が、緊張した体をときほぐすとともに俯瞰的に見る余裕を取り戻すさせた。冷静に冷える脳が、状況判断を素早くさせると共に、行動を起こさせようとする。


「……そうだな。今は、アカールを信じるだけだ」


 俺はヒサメの顔を見つめながらいつもの調子で返事を返す。そんな時だ。玄関を強い力で誰かがノックする。びくりと背中を跳ねさせた後、俺はゆっくりと立ち上がる。


「……俺、確認してくるよ。待っていてくれ」


 俺は心の底から湧き上がってくる恐怖心を押さえつけながら、部屋を後にしようとする。そんな俺の手を引っ張りながら、ヒサメは動きを止めた。振り返った先には、落ち着いた笑みを浮かべながら「僕も行くよ。クロウ一人だけだと、可哀そうだし」といつもの調子で返答する彼の姿がある。


「……ありがとう、ヒサメ」

「いいってことよ。それにさ。もし敵対する人物であれば僕が守ってやるよ!」


 俺はヒサメに心の中で「ありがとう」と伝えながら玄関前に向かった。激しいノック音が響く中、恐る恐る玄関を開ける。ぎぃと音を鳴らしながら開くと、一人の人物が視界に入る。扉の前に立っていたのは、アカールだった。


「アカール! 無事だったのか!!」

「よかったぁ~~無事で本当によかったよぉ~~」


 俺とヒサメが喜びを露わにしている中、アカールは口を開かずに靴を脱ぎ、部屋にある椅子に腰掛ける。閉まっていない扉の鍵を閉めた後、俺は心配そうにアカールを見る。彼の表情は少しばかり硬く、瞳の奥が黒色に染まっている。普段見せる優しい彼とは異なる印象を抱かせた。


(アクションを起こさなかったら、一生後悔するかもしれない)


 俺の脳内でそんな言葉が沸いた。行動する事だけが取り柄の俺は、アカールに質問を行う。


「アカール。遅かったけれど、あいつを撃退していたのか?」

「あぁ、そうだね。撃退してきたよ。二人に危害は及ばないんじゃないかな」

「だが、それにしては表情が硬いな。何か隠し事をしていないか?」

「…………はぁ。鋭いね、クロウ君は。降参だよ」


 アカールはため息をつきながら両手を上げた後、俺たちに椅子へ座るように促した。言われるがまま椅子に腰かけると、俺たちの顔を代わる代わる眺めてから説明し始めた。


「私たちを襲ってきた連中は、犯罪組織・劉覧龍リュウランリュウの差し金だよ」


 犯罪組織という言葉を聞いた俺は目を丸くした。


「犯罪組織って……お前まさかやべぇことを!?」

「ははっ。そう思われても仕方ないけど、落ち着こうか」

「そうだぞ、クロウ。僕だって冷静に聞いているんだから落ち着けよ」

「ぐぅっ……わかったよ!」


 俺がパンと音を鳴らしながら膝に手をやると、アカールは続きを話し始める。


「劉覧龍は、ギルドと敵対している犯罪組織だよ。お金を稼ぐためには殺しだって躊躇しない、イカれた連中さ」

「まさか、アカールが狙われたのって……」

「そう、まさに劉覧龍が仕向けた殺し屋ってわけさ。強い部類では無いから、無傷で勝利することは出来たけどね」


 無傷勝利した情報を聞いた俺は再度驚愕する。彼の戦闘スキルが突出していることはわかっていたが、犯罪組織からの刺客を無傷突破するほどだとは思っていなかったからだ。開いた口が塞がらないでいると、彼は続きを話し始める。


「数年前に劉覧龍は壊滅したと聞いていたけど、現に彼らは活動を再開している。つまり、いつどこで冒険者が命を狙われてもおかしくない状況なんだ」

「そんな奴らを野放しにしていたら……」

「ギルドは失墜するだけでなく、暴力組織に則られる恐れもあるね」


 アカールは深刻な表情でつぶやいた。俺は冷や汗を流しながら、惨劇を想像し吐き気をもよおしそうになる。必死に吐き気を抑えている中、アカールは俺たちに質問をしてきた。


「君たちと会って、まだ二日だ。正直言って、関係性は深いと言えないだろう。それはつまり、遺恨を残さずに別れられる可能性があるということだ」


 彼はそう言いながら棚のほうへ向かうと、ジャラジャラと音を鳴らす袋を持ってきた。机に置いた途端、ジャリッと音を鳴らしながらカラカラ鳴っていることから中にお金が入っているのだろうと想像がつく。


「今日のダンジョンで手に入れたお金とこのお金を元手にすれば、違う国で生活することは出来る。平穏無事に、血なまぐさいことに巻き込まれず生きることが出来る」

「おい。アカール、それって……逃げろってことか?」

「……平たく言えば、そうだね」


 俺が戸惑いの表情を浮かべていると、隣にいるヒサメが立ち上がる。


「アカール。あんたは逃げないの……? こんなに危険なのに?」

「私は逃げないよ。逃げてしまえば、ギルドの治安は悪くなるしね。私がいることでギルドの治安を保てるなら、万々歳さ」

「でもそれって……死ぬ可能性もあるじゃん。怖くは、ないの?」


 ヒサメの発言を聞いたアカールは困り顔で目を逸らしながら上を向く。ひと時の間、沈黙が流れると顔を元に戻した。彼の表情には戸惑いが浮かんでいる。


「その質問、されたことがなくて驚いたよ。でもまぁ、正直に言うなら。怖いさ」

「だったら、僕たちと一緒に逃げてしまえばいいじゃん!」

「確かにその選択肢もよいと思う。けど、それじゃあダメなんだ」


 アカールは優しげな表情を浮かべる。


「大人の役割は、クロウ君やヒサメ君のような若い子供たちが立派に生きられるよう、サポートする事さ。そのためなら、茨の道だとしても私は勇気をもって進みだすことは出来るんだ」


 アカールは「まぁ、まだまだだけどね」と補足しながら頬をポリポリと搔く。普段の気性からは考えられないほど真面目な彼を見つめながら、俺は一人思考を巡らせていた。


(この金を持てば……きっと、平和に生きられる。面倒ごとからも、逃げられるし、苦しんだりする思いからも解放される。けれど……それでよいのか? 俺は本当に、後悔しないのか……?)


 しばし、考えたあと――俺は答えを出した。


「俺は、逃げない。アカールと一緒に、劉覧龍を止める」

「……本当にいいのかい? 茨の道だよ」

「……怖くないかと言われたら、噓になる。でも、仲間の決意を蔑ろにして尻尾を巻くほど、俺は弱い人間じゃねぇ」


 俺がそう言い切ると、隣にいたヒサメが決意を持った表情で返答する。


「……古来より、ギャンブラーは無謀な賭けには挑まない。打算的に相手を罠にはめる人物こそ、最も優秀なギャンブラーといえるだろう。ギャンブラーの定石に則ればこの賭けは降りたほうが良いのは明白だ。けど僕は! そんな茨の道に進む気持ちを今、得れた! 勇敢な仲間たちの気持ちによって、心を動かされた! だからっ!! 僕は、ともに戦場で戦うよ!!」


 熱いギャンブル理論をかざしながら、ヒサメはテーブルをだんと叩いた。しばらくの間、静寂が訪れる。誰も、何もしゃべらない。そんな時間が五秒ほど続いた後――


「クロウ君、ヒサメ君。私と一緒に立ち向かう道を選んでくれて、ありがとう。本当に、本当に、ありがとう……っ!」


 その言葉は、決して戻ることのできない合図だ。


 どれだけの地獄が待っていたとしても、後退することは許されない。


 俺はこの日から――本当の意味で英雄を目指すことになった。

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