第二十三話 vs 襲撃者 ② side アカール
アカールは二人が避難し終えたことを確認してから、敵を視認する。黒色のコートを羽織っている男の体つきは中肉中背で、平凡男性の印象を与える。しかし、彼の顔だけは常人と異なっていた。
通常、人間の体は感情が出るようになっている。特に顔には感情の差異が現れやすく、どれだけ上手くても分かるのだ。
しかし――対峙する男の顔からは感情の機微を読み取ることは出来ない。光を一切通さない黒色の目は、悲しそうな印象を一切悲しそうであるにもかかわらず、口元は笑っている。悲しいのか、楽しいのか、どちらなのか。全く分からない。
アカールは家窓を確認した後、敵に視線を戻す。
「いいねいいね。そういう感じの強さがあるほうが、いいよね」
男は表情のない目元のまま愉しげに口元を引き上げると、左手を引いた。直後、風切り音が鳴りながらアカールに円形の金属が襲い掛かる。アカールは音を聞くと同時に、相手に対して突進を仕掛けた。
「接近することで僕の攻撃が自分に当たる可能性を付与したか。いいね、面白い考えだ。なら、これは避けられるかな?」
男はアカールに対し右手でナイフを投擲した。前方にナイフ、後方にチャクラム。通常の冒険者なら、避けるのは至難の業だ。
「ふっ!」
アカールは息を吐きながら前方のナイフを避けると同時に、左手へ鋭い蹴りを放つ。音を置き去りにした蹴りは相手の左手に直撃すると共に鈍い音を奏でる。同時に糸がポツリと切れる音がうまれた。
「ぐっ……左手が死んだか……だが、よけきれないだろう」
チャクラムは風切り音を鳴らしながらアカールのうなじを刈り取ろうとする。直撃すれば致命傷は免れないだろう。
「—―あまいよ」
アカールは高く飛び立つと――横向きになったチャクラムの上に靴をのせた。直後、得物は擦れる音を鳴らしながら重力に負け、地面に落下する。ギャリギャリと音を鳴らしながら回転を止めた物体を視認した男の目には恐怖がうまれる。
「嘘だろ……チャクラムをこんな簡単に止めるなんて、ありえない……」
「残念だったね。投擲武器を使う
アカールは冷たい表情を顔に浮かべながら馬乗りになると、質問する。
「誰の差し金だい?」
「い、言うわけないじゃないか! 言ったら雇い主に――」
男が無表情を崩しながら声を荒げた直後、砲弾のような地響きが彼の左耳を揺らす。ぶるぶる顔を震わせながら左を見ると、そこには屈強な男が鍛えに鍛えた黄金の拳があった。もし直撃したら、一撃で意識を刈り取られる。恐怖心が男の平常心をむしばんでいく。
「き、きいてないぞ! おまえは最強部隊から追い出された変態剣士だと聞いていたのに……っ! こんなのウソじゃないかっ!」
「嘘も方便ってやつだよ。そもそも、金だけの関係性で全幅の信頼を置くわけがないじゃないか。さて、話はこれぐらいにして――そろそろ尋問しようか」
周りに人がいないことを確認した後、右手で首を掴みながら左手で両手を拘束し、人通りのない場所へ連れていこうとする。油断していると思った男はにやりと笑いながら指を用いてチャクラムを動かそうとする。
「いいね。僕に反撃の機会を与えてくれてありがと……っ!?」
「私が気が付かないとでも思っていたのかい?」
男が指を動かした直後、パキンと甲高い音が鳴り響く。男が視線を下に下げると、そこにはあらぬ方向に曲がる左手の指があった。激痛に声を漏らそうとする中、口を右手で塞いだアカールが質問する。
「指魔法を活用した投擲武器による攻撃だと、直ぐに分かったよ。壁に刺さったチャクラムを戻したのは、悪手だったね。あれがなければ断定はできなかった」
「そんな……あの攻撃のせいで……」
「見抜けなければ、裸で討伐出来ないからね。知らなかった?」
「知るわけ……ねぇだろ。変態趣向なんざ……興味ねぇ……っ!」
「余裕あるねぇ」
アカールは普段よりも冷徹な視線を向けながら男を人通りのない場所で押し倒す。男の両手を持ちながら再度馬乗りになり質問してみせた。
「……一体誰の差し金だい?」
「だから言えない……っむぅ――」
先ほど負った指をさらに動かしながら、相手に激痛を与える。痛みは理性を奪うと同時に、正常な思考力を失わせていく。
「……言ったほうが楽になるよ?」
「……言う、言うから……もうやめてください……」
感情の機敏を隠す余力が男には残されていなかった。
「……あんたを狙えって指示を出したのは、殺し屋組織・
「劉覧龍……なるほど、あそこか。それじゃあ、次の質問にいこう。劉覧龍が次に襲う可能性のある依頼内容はなんなの?」
「一週間後の……護衛依頼だ……金品を奪って……資金にするはず……」
「なるほど。有益な情報だ。教えてくれてありがとう」
そう言いながら男の両耳に手を合わせた後、パンと衝撃波を起こす。耳から伝わった音は脳を揺らし、意識を混濁させた。
「が……あっ…………………」
男は白目を剥きながら、地面に倒れた。
一方的とも思える戦いは、終了した。
「……劉覧龍。壊滅したはずなのに、また動き始めたか。これは面倒なことになりそうだなぁ……って、一人で考えていても仕方ないか。とりあえずクロウ君とヒサメ君のためにご飯を作らないとな」
アカールは暗くなり始める空を眺めながら自身の後頭部を擦った後、背をそむける。世闇に姿が消える中、冷風だけが静かに音を鳴らしているのだった。
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