第二十二話 vs 襲撃者 ①
「ちょっと待って、二人とも!」
そんな俺たちのことを止めたのは、アカールだった。大柄の体躯ながら俊敏な足を持つ彼は両手を使って進路をふさぐ。上半身を動かしボディフェイントを決めようとするが、全く通用しなかった。
(……あれ? なんで俺、カジノに行こうとしているんだっけ?)
時間が過ぎていく中、俺の頭がだんだん冷静になり始める。そもそもカジノで大勝出来る可能性はそこまで高くない。店側のディーラーが楽しめる環境を提供するべく場をコントロールするからだ。故に、経験値ギャンブルで大勝を狙いに行くとしてもどこかで負けるだろう。
(……普通に考えたら、カジノで大勝することはほとんど無理だ。経験値ギャンブルをしたところで、手に入れた500を全て失うかもしれない)
頭が冷えた俺は深呼吸をしてから、アカールに頭を下げた。
「すまねぇ、アカール。俺が間違ってたわ。ちゃんと働くわ」
「……? あぁ、そうか。というか隣のヒサメ君を止めてくれないかな」
「ヒサメを……?」
俺は神妙な顔で隣を見る。
「へへへ……ぶっ放せば、解決する! 僕は自由になれる!」
衣服から杖を取り出そうとしているヒサメが、そこにいた。俺は顔を真っ青にしながら杖を離させる。幸い、フィジカルに関してはこちらが有利のようだ。
「待て待て待て! ヒサメ、流石にダメだろ!!」
「でも! 早くいかないとカジノ閉まるよ!!」
「だからって! ギルド内で魔法誘発は流石にダメだ!!」
俺は詠唱しようとしていたヒサメから強引に杖を奪い取り、アカールに手渡した。直後、ヒサメは地団太を踏みながら赤子の様に泣き始める。
「う”わぁ”~~ん、ぐろうがづえうばっだぁ~~」
「……マジかこいつ。心脆すぎだろ。後、はい。預かってくれ」
「う、うん……」
俺は地面に座り込んだヒサメを見ながら心の中でため息をつく。
周りからの視線がかなり痛々しい。早く終わらせよう。
「ヒサメ、落ち着くんだ。ここで喚いたところで全て失うだけだぞ」
「でも……カジノが……お金が……勝利がぁ……!!」
「それは後でも手に入るだろ。とにかく、今はアカールの言葉を聞こう」
俺は諭してからアカールのほうに視線を向ける。
「……なんだか、大変なことになっちゃったねぇ」
「すまねぇな。それで、要件は何だ?」
「今日は二人が頑張ったから豪華な手料理をふるまおうかなって」
「あぁ~~そういうことだったのか。そりゃ嬉しいな」
俺は先ほどの自分を思い出さないようにしながらお礼を伝えた。隣ではめそめそと泣いているヒサメがいる。当分泣き止むまで待った方がいいかもしれない。
「なぁ、アカール。とりあえず、ヒサメが落ち着いてから行かないか?」
「そうだね。落ち着いたら行くとしようか」
「理解してくれて助かるよ」
俺は周りの冒険者から集まる痛い視線を胸でくらいつつも泣き止むのを待っていたのだった。
二十分ほど経過したころ――
俺は泣き止んだヒサメの手を握りながら買い物へ向かうことにした。町は既に夕刻を迎えており、オレンジ色に輝いている。
商店付近は楽しげに買い物しているご家族が多く見られた。現代社会だとネット注文で済ませる人が多いため、あまり見られない光景だなと考えていた。
はしゃぐ子供を見ると、昔も俺はあんな感じだったのだろうかと思う。自分自身の記憶に関して思い出せない俺は、ささくれが出来たような気持ちを抱いていた。
(いつ思い出せるんだろうなぁ)
下顎を右手の人差し指で搔きながら歩いていると、アカールが「ここだよ、目的のお店」と言いながら肩を叩いてきた。指差す方向に視線を向けると、スーパーマーケットと同じ位の敷地面積を持った建物が広がっている。
「この街で最も大きい雑貨屋、ニッケルだよ」
「わぁ~~広いねぇ!」
俺がまじまじ観察していると、ヒサメが目をキラキラと輝かせながら口を大きく開いている。先ほど泣いていたのがウソみたいだ。
「ねぇねぇ、早く入ろうよクロウ!」
ヒサメは俺が掴んでいた手を両手で握る。温かな人体温を感じながら、俺は店内へ入っていく。取っ手が付いた扉を押して中に入ると、古本屋で味わうような匂いが鼻を刺激した。周りを確認すると、古びた本が所狭しと並べられている。フロアごとに分かれているのだろうかと思っていると、アカールが補足した。
「左から順に本屋さん、武器屋さん、食品店に分かれているんだ。今回向かう個所は、一番右側にあるからそこへ向かおう」
俺はアカールを先頭に彼の後をついていった。周りの大人たちは「あの少年かっこいいわねぇ」「女の子も可愛らしいわ。やっぱり幼い頃っていいわねぇ」と言った声が聞こえてくる。美男と美女、屈強な男の三人組に見えるのだから、そんな声が聞こえてくるのは当たり前かもしれない。
そんなことを思っていると、アカールが足を止める。横から顔を出すと、瑞々しさを感じさせる野菜や果物・氷に敷き詰められた魚が置かれた棚達が確認出来た。
「思ったより魚の保存は原始的なんだな」
「確かにそうだねぇ。でも、魔法でコントロールするとなると中々難しい所があるからねぇ。しょうがないって奴さ」
「あれ? でもアカールの家だと冷やしている様子は見たことないな? どうやって保存しているんだ?」
「私の場合は、支給品ボックスを改良した冷凍ボックスがあるんだよ。昔、マルモルたちと冒険していたときのお礼品として貰ったのさ。結構優れもので、壊れないし、保存も長期間出来るんだよ」
「改めて聞くと……お前本当にすげぇな……」
「ははは。さて、立ち話はこんな感じにしてと。買い物していこう」
俺は低く小さい笑い声を出すアカールの返事を聞いてから買い物に意識を向ける。と言われても、俺には商品の目利きなど出来る訳が無い。現に、賞味期限や消費期限を表すラベルが張られていない食材を見ても、どれが良いかは全く分からない。
「どれが良いんだ……?」
「僕に聞かないでよ。迷ったら食ってみろって格言、知らないの?」
「知らねぇし……というか考え無しに口へ運んだら死ぬだろ」
「僕もそう思うよ」
「なんでその格言選んだんだよ……」
俺がため息をつきながら野菜を眺めていると、銀メッキ加工が施された買い物籠を腕にかけているアカールが一つの野菜を手に取った。真っ赤に熟した実と、緑色の
「いったい何を軸にして選んだんだ?」
「実の重さと、色合いかな」
「片手だけで分かるのか?」
「重さに関しては、予測にはなっちゃうけれど外したことはないね。これでも料理人目指しているし、自信はあるつもりだよ」
「そうなのか。それじゃあ、これはどうだ?」
俺はそう言いながら玉ねぎをアカールに見せる。アカールは玉ねぎの上側を見ると、少しだけ指を押す。直後、俺に返却した。
「あまり良くはないね。ちょっと身が痛んでいるかもしれないよ」
「そうなのか!? 全くわからなかったぞ……俺大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だよ、食材選びは基本的に経験したら出来るようになるからさ」
「そうか。よし、それなら今日は食材選び学んでいくとするか!」
俺は明るい笑顔を浮かべながら拳を突き上げた。
それから、一時間経過した後――
俺たちは大量に買った食料品を持ちながらアカールの家へ向かっていた。彼の負担を増やさないようにするべく、荷物は俺とヒサメでもっている。
アカール曰く、生鮮系の食品はとある生物の体内皮に包んでいるため、すぐに持ち帰れば腐ることはないとのことだ。未だに世界の原理が良く分かっていない俺は納得せざる終えなかった。
ゆっくりと歩きながら左を向くと、しょんぼりしているヒサメの姿があった。
「どうしたんだ、ヒサメ。具合でも悪いのか?」
「さっき、ギルド内で取り乱しちゃったからさ……」
「あぁ、そういえばそうだったな。忘れてたわ」
俺が袋を持っていない手で自分の後ろ首を掻いていると、ヒサメが口早に高い声で叱責する。
「僕にとって恥ずかしい失態なのに、忘れてたってなんだよ! そこは慰めるもんじゃないのか!?」
「そういわれてもな……本当に忘れていたんだから仕方ないだろう。それに、ギルド連中だってすぐに忘れるだろ」
「……そうかなぁ」
「そうだよ。ギルドに来る奴らは皆、仕事を求めてやってきてんだから問題があっても気にしないに決まっているだろ。それにお前がやらかしまくっているのは知ってるから、俺もそこまで気にしないよ」
俺の返答を聞いたヒサメは俺から視線をそらした後、向きなおした。
「言われてみれば、そうだね! ありがとう、クロウ!」
「ハハッ、立ち直ったようでよかったよ。なら、カジノには当分行くなよ」
「それは嫌だね! 僕の生きがいだからさっ!!」
元気よく提案を断るヒサメにため息をついていると、アカールの家が視界に入った。やっと重たい荷物が下せると思いながら表情筋を緩めると――
「二人とも、伏せて!!」
大声で叫ぶアカールの声が耳を振動させた。俺は食材を両手で抱えながら必死に体を下げる。次の瞬間、後ろ側にあった壁から鋭い金属音が聞こえてきた。俺が横目で確認すると、チャクラムのような円形武器が壁に突き刺さっているのが視認できた。
「二人とも、これを持って早く家に入って!」
頭が静止しそうになる中、アカールは右手で鍵を落とした。しゃらんと音が鳴ると同時に、ヒサメが目にもとまらぬ速さでそれを手に取る。
「クロウ! 早く入って!!」
「あ、あぁ! 分かった!!」
俺はヒサメの言葉を聞くと同時に、家の中へ避難する。
「クロウ君、ヒサメ君! 私のことは無視して鍵を閉めておいて!」
「え、でも……」
「大丈夫。私は強いから。後で美味い飯を作るから、待っててね!」
「……すまねぇ!」
俺はアカールの指示に則り、家の鍵を閉めたのだった。
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