第十九話 宝箱の中に入っていたのは……

 俺はヒサメと一緒に武器を構えながら敵の観察を行っていた。

 ゲルスライムはべちょべちょと音を鳴らしながら体を這わせている。某有名ゲームのような可愛らしい形状ではなく、TRPGで現れるような気持ち悪い形状を持つというのが第一印象だ。そして、耳や目などの感覚器官が存在しないように見える。このことから、物体を捉えるには条件があるのだろうと推測した。


 一方、ゴブリンはヒサメを見つめながら緑色の涎を垂らしていた。一週間、いやそれ以上は入っていないと思わされるような異臭を発するゴブリンは「ゲヒャヘヘ」と笑い声を出している。事前情報通り下品な生物だと思っているとヒサメが声を出す。


「どちらから攻撃するの、クロウ。僕は後ろから援護するよ」


 ヒサメの発言を聞いた俺は数秒考えた後、切先をゴブリンに向けた。


「先にゴブリンを討伐しよう」

「分かった。合わせるよ」

「あぁ、頼んだ!」


 返事を返すと同時に面打ちの姿勢を取った。擦り足を素早く動かしながら敵との距離を詰めると、痺れを切らしたゴブリンが詰めてきた。俺ではなくヒサメにしか眼中がないようだ。直情的な攻撃は、狙いを明確化させる。


 俺はゴブリンの棍棒をサイドステップで避けると同時にうなじへ刀を打ち込んだ。ざくりと音が鳴ると同時に、「ゲ……ゲェ……」と断末魔を漏らした。相手の動きを鈍らせている今、ここで指示を出す。


「ヒサメ、魔法をくらわせろ!」

「了解したよっ!」


 ヒサメは右手で杖を握りながら魔法を詠唱する。先端に光り輝く水色の球が生まれたかと思うと、目にもとまらぬ勢いで発射される。ゴブリンは避ける事すら出来ずに脳天へ一撃を受けた。


「ゲ……ヒッ……」


 ゴブリンは断末魔を漏らすと動かなくなった。安全が確保されたことを確認してから、ゲルスライムへ視線を向ける。ゆったりと動くスライムの行動からは相手の考えを全く理解することが出来ない。


「とりあえず……魔法攻撃を頼んでもよいか?」

「えっ、魔法連発するの?」

「そうしてほしいんだが……ダメなのか?」


 俺が質問するとヒサメは困り顔になりながら返事を返した。


「この生物ってダンジョン内だと弱い方じゃん。魔法乱発していたら強いボスが出たときに対応できなくなっちゃうよ」

「なるほど……言われてみればそうだな。けど、打撃は通用するかはわからないしな……」

「いや、打撃は通用するよ」


 俺が一人で悩んでいると扉前で待機していたアカールがこちらにやってきた。


「そうなのか? 通用するのか?」

「うん。この生物、ちゃんと切れるんだよ。戦えばわかるさ」

「それなら……見本を見せてくれよ」

「駄目だ。私が出てしまうと、一撃で倒せてしまうからね。練習にならないからね」

「……それもそうだな」


 俺は相槌を打ってからスライムに視線を向けた。

 両手で刀を持ちながら呼吸を整えた後、強く地面をける。距離が縮まっていく中、俺はここぞというタイミングで刀を振り下ろした。重たい粘性の物体を切る感触がはしると同時に、軽さがおとずれる。


 体を一回転させてから地面に倒れると、視界には炭酸の音を出しながら解けていくスライムの姿があった。そして――体内から青色の球体が姿を覗かせる。経験値玉が現れたと俺は瞬時に理解した。俺はゆっくり左手で握りしめる。シャンと音が消えると同時に、自分の中で何か成長したような感覚を覚えた。


「おめでとう、クロウ君。一人で討伐出来たようで何よりだ」

「あ、ありがとう」

「けど、まだまだ改善するべき点はあるよ。例えば一回転した箇所はいらない。あの場面は足を回しながら斬るんじゃくて腰を用いて斬るべきだよ」

「そうなのか……とすると、こうか?」


 俺はラジオ体操で行うような感じで腰を左右に回した。その様子を見たアカールが頷いたところから、どうやら認識が正しいようだと理解する。


「今回はあくまで倒すことが目的じゃなくて、どうやって対峙するかということを主として行うよ。ばんばん指導する予定だから、二人とも気張ってね!」

「わ、分かったよ……」

「あぁ……うん……僕もわかったよ」


 俺たちはギラギラと目を輝かせる彼に返事してから、進んでいく。道中モンスターを討伐しながら経験値を積んでいると、ついにあれを発見した。


 黄金に輝く装飾が施された、赤色の宝箱だ。


「この中に……俺のチートハーレムライフの道が――」

「この中に……僕のギャンブルウハウハライフの道が――」

「「入っている!!」」


 俺たちは欲望を口にしながら少し距離が離れた場所に立つ。アカールが大勢を低くしながら「位置について……よーい、どん!」と口にした途端、俺たちは全力で駆け出した。


 魔法などのズルは一切なし、最初に触ったものが全てを手に入れられる完璧なルールだ。俺たちは必死に箱まで走っていき、そして――箱にタッチした。


「勝者……ヒサメ君!」

「おっしゃあああああああああああああ!」

「くそがああああああああああああああ!」

「残念だったねぇ、クロウ君。この中に入っているお宝はぜぇ~~~んぶ、いただいちゃうよ♪」


 俺は煽ってくるヒサメに舌打ちした。やはり負けるのは悔しいのだからしょうがないだろう。


「わっ、すごい!! こんなにお金が入っていたんだ!?」

「おぉ、すごいね……初期ダンジョンにしては大当たりの部類だよ」


 ヒサメとアカールが驚いている様子を見て気になった俺が近づくと、その中には箱いっぱいのお金が入っていたのだ。


「このダンジョンを二回制覇した分のお金が手に入るとは……すごいね……」

「ふふん! 見たよねクロウ! 僕が開けたから幸運が訪れたんだ!!」


 ヒサメは俺のほうを見つめながら元気よく発言してみせる。だが、開けたのは奴だから言い返すことはできない。そして――彼が開けたのだから起きることは明白だ。


「ねぇ、アカール。今日もあのカジノに行ってもい~い?」

「そうだねぇ……まぁ……いっか。宝箱のお金は軍資金にしていいよ」

「わぁ~~い! ありがとうアカール! 嬉しいなぁ!!」


 やっぱりな、と俺は思った。奴は生粋のギャンブラーだ。強いか弱いかはわからないが……このお金が残るとは、到底考えられないだろう。最悪、お金を全部溶かす恐れもあるかもしれない。俺はアカールに対して声をかける。


「ちょっと待ってくれ。全額はちょっと勿体なくないか?」

「……言われてみれば、クロウ君の言う通りかもね。ただ、ヒサメ君が勝ったのは事実だからなぁ……そうだ。それなら、七対三で取り分を分けるとしよう」

「えぇ!? 減りすぎでしょ!!」

「いやいや、この中の七割だったら全く損はしていないはずだよ」

「クロウ……許すまじぃっ……!!」


 ヒサメは俺に強い憎悪を向けてきた。

 だが、好感度を得る代わりに全額溶かされるよりましだろう。


「それじゃ、どんどん進んでいこうか!」

「……あぁ、そうだな!!」

「神から奪いやがって……祟ってやるぞ、クロウ……」


 俺は隣で静かにキレている神様に恐怖心を抱きながら、ダンジョンの奥へ向かうのだった。

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