第十八話 初ダンジョンは煩悩全開で

 俺たちはダンジョンに挑むべく、馬車に乗っていた。隣に座るヒサメは天井を見つめながら「ギャンブル……楽しみだなぁ……」と妄想している。平常運転だなと思いつつアカールが選定した武器に視線を向けた。俺が渡された武器は、雅《みやび》な柄が施された鞘に入っている刀だ。銃剣と同じぐらいの重さだが、両手で持てるという点を考慮すれば大分戦いやすい武器だろう。


 今回のダンジョンは、俺とヒサメの能力を向上させることが目的らしい。アカールはあくまで危険が迫ったときに力を出すということのようだ。実際、俺たちが強くならなければパーティーの負担が一人に集中することになり、瓦解する恐れがある。


 それを避ける方法として考えるなら、道筋が決まっているダンジョンは最適といえるだろう。何より、ダンジョンには普通の依頼にはない楽しみがある。宝箱だ。この世界で宝箱から手に入るアイテムは不明だが、それなりにお金に換えられるはずだ。


(それを元手に、経験値を手に入れることが出来たりしたら……もしかしたら、ちょめちょめライフをできるようになるかもしれないんじゃないか!?)


 俺は鼻息を荒くしながら頬を高揚させる。浮かんでくる下劣な妄想に浸っているとパチンと頭がたたかれる。突然発生した痛みの発生源を確認するとゴミを見る視線を向けるヒサメの姿があった。


「変態なクロウ君さぁ……妄想に浸るのは良いけど、早く降りてよ。ダンジョン内の宝箱がとられたらどう責任を取ってくれるのさ」


 ヒサメの視線が向く先には社会的尊厳が破壊されかねない物があった。俺はそれを必死に両手で隠しながら「す、すまんすまん! でるわ!!」と返事を返す。


「はぁ……変態二人と一緒のダンジョン旅、先が思いやられるよ」

「それはお前もだけどな、全額ベッドして負ける馬鹿神様」

「何を言うんだい! 僕がいて助かること、多いだろう!?」

「それを言うなら俺だって多いだろうが!!」


 きゃんきゃん喚き散らしながら馬車を降りていると、アカールがぱんぱんと両手を鳴らした。俺たちが急ぎ足で彼の前につくと、ゆっくりと話し始める。


「今日のダンジョンは簡単だけれど、決して油断しないでね。遠足気分で冒険に出かけたら死ぬってことはざらにあるからね。それを、ちゃ――んと理解してね」

「うん! 僕はわかってるよ! 変態クロウ君もわかってるね!」

「あぁ、俺もわかってるよ! 後、変態じゃねぇよ!!」

「じゃあむっつりスケベ太郎!」

「むっつりでもねぇって!! というか思うぐらいいいだろ!!」

「思うことだって駄目ですぅ~~我慢してください~~」

「あ――分かったよ! 我慢すりゃいいんだろ我慢!」


 俺は眉間に皺を寄せながら必死に違う妄想をする。極限まで興奮状態を抑えた俺が苛立っていると、ヒサメが左手を口元に置き「ぷぷぷ……おとこのこだねぇ」と笑ってみせる。


 一瞬キレそうになるが、感情的になっても意味はない。冷静に判断するために欲を抑えたのだから、今は我慢するとしよう。俺は口呼吸で苛立ちを収めてからアカールのほうを見る。


「すまねぇ、アカール。待たせちまったな」

「大丈夫だよ。それじゃあ、行こうか」

「いざ、しゅっぱ――つ! お宝お宝ァ――ッ!!!」

「お前が一番煩悩の塊じゃないか……」 


 俺は欲望丸出しなヒサメをジト目で見つめながら洞窟内へ入っていった。電車一つ通れそうな大きさがある洞窟内の光源は双方の壁に取り付けられたランタンだ。蝋燭のような光が内側で燃えているなと思っていると、ヒサメが話しかけてくる。


「そういえば、僕の武器ってクロウはまだ知らないよね?」

「言われてみれば、自分の武器選びに集中しすぎていたせいで聞いていなかったな。何を選んだんだ?」

「ふっふっふっ……見ても驚かないでね。僕はこれさ」


 ヒサメは嬉しそうな声を洞窟内に響かせながら武器を取り出した。魔法使いが使う棒状の杖だ。装飾一つ施されていないヒノキ色の杖は、地味な印象を持たせる。


「案外地味な武器を選んだんだな。装飾ゴリゴリにすると思ってたぞ」

「僕だって馬鹿じゃないよ。そもそも戦闘に見栄えなんていらないじゃないか」

「言われてみれば、そうだな」

「それに、この杖は結構便利でさ。僕の水魔法をコントールしやすくなるんだよ」

「そうなのか。そりゃ戦闘の時が楽しみになってきたな」

「ふふん! 僕の活躍を楽しみにしていなっ!」


 ヒサメが嬉しそうに歯を覗かせながら指をさしているときだ。


「目的のダンジョン前についたよ」


 アカールが短く言うと同時に、俺とヒサメは横からひょっこり顔を出す。目の前に広がっているのは、等間隔の黒線が引かれた赤色の扉だ。取っ手が金色に輝いており冒険者を待ち構えているような感覚を抱かせる。


「ついに来たか……俺の晴れ舞台が……ちょめちょめが……」

「ついに来たね……僕の晴れ舞台が……群資金集めの時間が……」


 俺たちが各々の欲望を漏らしていると、アカールが静かに扉を開けた。ぎぎぎと音を鳴らしながら開いた先にあったのは、一本道に伸びる通路だ。まさにダンジョンと言わんばかりの道を見た俺は鼻息を荒くする。


「マジでダンジョンだ! すげぇ!!」

 

 それが悪手だと、俺は全く気が付いていなかった。入口扉が閉まると同時に奥から二体の生物が現れる。青いゲル状の見た目をした気色悪いスライムと、特徴的な全身緑色の体を持つ生物、ゴブリンだ。


「バカ! クロウのせいで敵が来ちゃったじゃないか!」

「ま、まぁまぁ。落ち着いて……」


 怒るヒサメをなだめていると俺たちに向かってスライムとゴブリンが威嚇行動をとった。誰が見ても抗戦する気満々だと理解出来る。


「あぁもう! やるっきゃねぇなぁ!」

「そうだね……! 神様に攻撃しようとしていること、後悔させてやる!」


 俺たちは各々構えを取りながらモンスターと対峙するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る