第十五話 経験値ギャンブル、開始
「け、けけけ経験値を賭けるだとぉ!?」
目の前にいる男は後ずさりしながら動揺していた。俺の提案がそこまで驚かせるものだったのだろうかと思っていると、周りからひそひそと声が聞こえてくる。
「マジかよ、あの小さい男の子……そんなやり手だったのか」
「こりゃ楽しみだねぇ」
「どちらかの人生が破滅する……そんなことが起きそうだ」
周りの金持ちが次々と物騒なことを口にしているようだ。俺が神妙な顔つきになりながら周りを見渡していると、アカールが心配そうに話しかけてきた。
「く、クロウ君。本当に経験値を賭けても大丈夫なの?」
「おぅ。経験値のほうが強くなりやすいだろ? レートも高くならないしな」
「……レートは、経験値10からだよ」
「10か。それならいけるんじゃないか?」
俺が首を傾げていると、カジノスタッフの役職についていそうな人物がこちらへ向かってきた。バニーガールの衣装をまとったべっぴんさんだ。ちょめちょめしたいなと思っていると、女性が明るく微笑みながら俺たちの手を取った。
(まさか、そういう事でもするんですか!? こんな公共で!?)
頬を高揚させながら息を荒げていると、女性はすぐに手を離した。何を確認したのだろうかと思っていると、女性が口をひらく。
「はいは~い! 経験値を対象にした勝負と聞いたので、即興で残りの経験値を測りました! 結果として、そちらのおじさんが経験値50、少年が経験値50です!」
群衆は俺たちに呆れや嘲笑、蔑みを含んだ視線を向ける。何事かと思っていると、隣にいたアカールが説明してくれた。要約すると、経験値は冒険者が歩んできた軌跡を表すものであり、高ければ称賛が集められる。一方、低ければ良い扱いを受けないという事らしい。
「てめぇのせいで恥ずかしい目にあったじゃねぇか! 責任とれよ!」
「責任って言われてもなぁ。そもそも博打しようと持ち掛けたのはそっちだろ」
「うるせぇ! だまれ!!」
男は赤子みたいに頬を真っ赤に染め上げながら地団太を踏んだ。周りからの痛い視線にひとつも意識を割かない男は目を赤色に染めながら睨みつける。
「とにかく! てめぇとババ抜きで勝負すればいいんだな!? もし勝ったら俺がこのガキを貰うからな!!!」
「いいけど……不正はするなよ?」
「す、するわけねぇだろ!!」
俺が釘を刺すと男はどもりながら否定する。嘘が付けないタイプだろうなと、すぐに理解できた。実際、俺の予想は当たっていたようだ。勝負が始まってから数分で、第一戦の結果が付いたのだ。
「ば、馬鹿な……俺がストレート負けするなんて……」
「いや、お前が弱いだけだろ」
「うるせぇ! 次こそは勝ってみせる!!」
男はそう言いながら経験値を賭けた。全額ベットしてくる男に憐れみを感じながら俺たちは準備を行っていく。手札に握られたカードは最初から二枚となっていた。山札が思った以上に固まっていたようだ。しかも、あろうことか先手を握られていた。
もし不正をしてくるとすれば、このゲームは必ず負けるだろう。今の俺が出来ることとしたら、相手が間違えてカードを引くことを祈るだけだ。
俺は視線を逸らす男を見つめながら胸元近くにカードを置く。遠くの方でサインを送っているのだろうと思っていると、相手のミスに気が付いた。それは、相手が手札を見せていたのだ。右側にババ、左側にJが入っている。負けないようにすることを集中しすぎているせいで手が疎かになっているようだ。
もし相手が間違えれば、このゲームは勝てる。そんな確信が俺を強気にさせる。
「さぁさぁ、引き給えよ! 僕が負けるわけないじゃないか!!」
俺はヒサメの口調を真似しながら相手を焦らせた。行儀はあまり良くないが、相手が時間をかけているのだから言われても当然だろう。
「えぇ――っと……ど、どっちを引けば……」
「ふっふっふっ、さぁ、さぁ、さぁ! 引きたまえ!!」
「く……くそぉ――! どうにでもなりやがれぇ!!」
男は動揺しながらカードを勢いよく引き抜いた。
その手に握られていたのは、ババだ。
「な、あっ!?!?」
「残念だったね。君の負けだ」
俺は奴が放心状態になっていることを確認してから、奴の手札を引き抜いた。
台に置かれた紙の音が、俺の勝利を表していた。
「一件落着、だな」
俺がホッとしていると、重い物体が俺の体に突進してきた。俺は後ずさりしながら物体の正体を確認する。
「ヒサメか。頬は大丈夫か?」
「少しだけヒリヒリするけどね。大丈夫だよ!」
ヒサメは赤くなっている頬を撫でながら元気よく返事を返した。借金を作ったクズではあるが、どこか憎めない愛嬌があるなとも俺は思っていた。そんな俺たちに対し男は歯ぎしりを鳴らしながらにらみつけてきた。
「認めねぇ……俺はぁ! 強いんだぁ!!! てめぇなんかに、負けねぇ!!!」
男はそう言いながらキラリとひかる物体を取り出した。それがナイフだと直感的に理解する。避けろという猶予は既に残されていなかった。俺にできたのは、ヒサメを突き飛ばして安全圏に逃すだけだ。
「死ねゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は目を瞑りながら痛みに耐えようとする。しかし、肝心の衝撃はやってくる気配がない。ゆっくり、目を開けていく。
「あ、ががが……」
「二人とも、大丈夫だった!?」
「アカール!!」
そこにいたのは、心配そうな表情を浮かべるアカールだった。ナイフを持っている男が白目を剝きながら倒れている。彼が止めてくれたのだろう。
「アカール……ありがとう。お前がいなかったら、死んでたよ」
「いやいや、それは私が言うことだよ。クロウ君が勝っていなければヒサメ君は売り飛ばされていただろうからね。本当に良かった……」
「う……うヴぁ~~ん……ごわがっだよぉ~~」
「泣くなって二人とも。でも、良かったよ」
俺は涙を流している二人を抱擁しながら、最悪の事態にならなかったことに安どしていたのだった。こうして、俺が転生して初日の時間は終わりを告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます