第十三話 倫理観やべぇ国だわ、ここ

 俺は受付のお姉さんから指示を受けながら剥ぎ取りをしていた。ツノジカの固い肉に刃を刺そうとすると、意外に難く切り取るのが難しい。


「かたいですね」

「ツノジカは引き締まった身体がウリですからね」

「なるほど、それなら納得です……っとぉ」


 俺は必死に力を込めながら肉を二百グラムぐらい切り取る。


「はぁ、はぁ、はぁ……剝ぎ取るの、大変ですね」

「初討伐でお疲れでしょうから、変わりましょうか?」

「あ、いえ。大丈夫ですよ。俺一人でもやれますから」

「わかりました。それでは、お願いいたします」


 俺は額から汗を流しながら、細切れにした肉を取り出す。ぬめりがある感触と共に鉄分のにおいが鼻を刺激する。俺は必死に歯を食いしばりながら男の威厳を保った。


「うぷっ、ふぅ……とりあえず、これだけあれば大丈夫でしょうか?」

「ありがとうございます。依頼分は達成できていると思いますよ」

「そうですか! よかったぁ~~!!」


 俺は大の字に倒れながら息を整える。若返ってはいるが、疲労は溜まる。

 なら、休めるときに休息をとるのは当たり前だろう。

 俺がそんなことを思っていると、ふと気になる物体を見つけた。

 シカの体内にきれいに輝く緑色の球体が入っていたのだ。


「なんだろう、これ……?」


 俺が気になって手を伸ばした途端、シャンと音を鳴らして消えた。何が起きたのだろうかと思っていると、お姉さんが「そろそろ行きましょうか」と声をかけてきた。


「お姉さん。一つ聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょうか」

「シカの体内にあった光る球を触ったら消えたんです。あれって何か知っていますか?」

「あぁ、経験値玉のことですね」

「経験値……玉?」


 俺が両目を点にしていると、お姉さんは笑みを浮かべながら解説してくれた。

 無茶苦茶短くまとめると、経験値玉は各生物が保有している経験を記録した球のことらしい。それに触れると対象者に能力が渡るらしいとのことだ。なるほど、つまりRPGでよくあるような強くなりましたというものだろう。


「経験値がどのぐらいたまっているか知りたくなったら、ギルドの係に質問してみてください。そしたら現在どの程度力がたまっているか確認してくれますよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺はお姉さんに深々と頭を下げてから、その場を後にした。ぬめりとした肉を後処理せずにそのまま突っ込んでよいかと質問すると、「問題ありません。自動で分別するようになっていますから」と返事を返した。


「すげぇハイテクだなぁ……っと」


 俺は肉を納品ボックスに投げ入れる。すると、光ると同時に中に入った物体そのものが消えていた。


「いや、マジで原理どうなっているんだろう……」


 俺がそう思っていると、森の奥から声が聞こえてきた。そちらの方を見ると、そこには大量のキノコを抱えているアカールとヒサメの姿があった。ヒサメがすっきりした表情を浮かべていることと、腹のふくらみが収まっていることから何が起きたのかは察しが付く。


「はははっ! 僕の負けだぁ!! 笑えよクロウ!!」

「ご愁傷様ってやつだな」

「そんな目で僕を見るなぁ!!!」


 俺は罵倒してほしいと思っていそうなヒサメを細目で見つめながらそう言ってやった。奴に巻き込まれたのだから、これぐらいしてやってもよいだろう。頬を膨らませながら涙を浮かべるヒサメを横目に、俺はアカールとお姉さんの方を見る。


「これで依頼は達成しましたね。皆さん、初依頼おつかれさまでした」

「おめでとう、クロウにヒサメ。君たちが頑張ったから依頼を達成できたよ」

「それもそうだな。こちらこそありがとう、アカール」

「僕からもありがとうね!!」


 そんな風に会話を交わしながら俺たちはギルドへと戻った。未だに依頼者の列が出来ていることを確認していると、お姉さんが声をかけてくる。


「こちらで今回の依頼を経験値に変更します。紙を取り出してください」

「わかりました。どうぞ」

「受け取りました。それでは今から割り振りますね」


 お姉さんは紙を確認しつつ、俺たちに経験値を割り振っていく。どのぐらいたまったかは分からないが、きっとそれなりに手に入ったのだろうと直感的に思った。


「初依頼おつかれさまでした。また簡単な依頼を受けるときはお伝えください!」

「ははっ、そうですね。当分はお世話になると思いますのでよろしくお願いします」


 俺たちはアカールの言葉に続くように「お願いします」と各々伝えた。それを見たお姉さんの表情はまぶしかった。やはり既婚者でなければ告白していただろう。

 俺が心の中で句やしながらそう思っていると、ヒサメが表情を変える。


「さてと……やることも終わったし、今からあれをやろうか!」

「あそこって……どこだ?」

「決まっているじゃないか! ギャンブルだよぉ!!」

「……はぁ!? ギャンブルぅ!?」


 俺はヒサメの提案に驚愕していた。


「いやいやいや、年齢的に無理だろ! それにアカールが禁止するだろうし!」

「いや、私は問題ないよ。社会経験は重要だしね」

「法律的にダメじゃないのか!?」

「法律とかはないね。まぁ、自己責任でやればいいって感じだから」

「そうなのか……驚いたなぁ」


 俺が腕を組みながら口を尖らせていると、ヒサメが目を輝かせる。


「よしっ! じゃあ、僕が今からギャンブルの基本を見せてあげるよ!!」


 元気よく拳を突き上げるヒサメの顔には曇りが一切なかった。ギャンブルが無茶苦茶好きなんだろうなぁ、と思うと同時にこれから大丈夫だろうかと一抹の不安が俺によぎっていた。

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