第十二話 異世界にて、初めてのとうばつ(2024/4/8:改稿)

「それでは、銃剣の使い方について説明いたしますね」

「は、はい。よろしくお願いいたします」


 お昼ごろ、俺は少し離れた森の中で銃剣の扱い方を学んでいた。


「今回、クロウさんはこちらについている刃を活かして討伐してもらいます」

「なるほど、弾とかは使わないんですか?」

「使わないです。弾を使うとなると、少しばかり勉強が必要ですから」

「そうなんですね。わかりました」


 俺は少しばかりショックを受けた。銃を使ってかっこよいプレイングをしてみたかったからだ。最も、チートがない時点で夢なんて持たないほうがいいだろう。

 ヒサメに対してイライラしていると、受付の方が「どうかしましたか?」と声をかけてくる。いかんいかん。感情に持ってかれてしまうのは避けるべきだ。


「あっ、いやぁ。この武器を構える際の持ち方ってどうすればよいのかなって」

「持ち方ですか。確かに重要ですね。それでは見本を見せましょうか」


 受付のお姉さんは重そうな銃剣を持ちながら詳しい説明をしてくれた。かなり懇切丁寧に説明をしてくれていたのだが、俺はそこに目線が向かなかった。一つ、安心してほしいのは俺が童貞心を持っているということだ。


 ゆえに、俺はただただ視界に光景を焼き付けるだけである。


「ふぅっ……それでは、やってみてください」

「わかりました……え――っと、こんな感じですよね?」

「そうです! よく出来ていますよ!!」

「ありがとうございます。お姉さんが丁寧に教えてくださったおかげですよ」

「いえいえ、クロウさんがすごいからですって!!」


(なんだこの人。無茶苦茶いい人じゃん。結婚してぇ)


 俺は絶対にかなうわけがない希望を心の中で口にしながらがっちりと銃剣を構える。相手がいたら体重を乗せて刺しに行くという動作はいうなれば剣道の動きだ。

 すり足をベースとして動きを作れば戦闘には困ることがない。だが、やはり筋力の課題は大いにある。将来的に英雄を目指すなら、体を鍛えたほうが良いだろう。


「さてと。そろそろツノジカ討伐に行きましょう」

「わかりました」


 俺はそう言ってから、銃剣に取り付けられてた取っ手を持ちお姉さんの後ろをついていく。少しばかり重心がぶれるなと思いながら獣道を歩いていると、遠くの方にて目標が水を飲んでいることが分かった。


 淡い鼠色とクリーム色の二色で構成された体毛と茶色に城が少し混じった蹄を持っている。立派な角がついていることからオスなのだろう。俺がそんなことを思いながら同じぐらいの体躯を持つ目標を眺めていると、お姉さんが声をかけてくる。


「いいですか? ツノジカは俊敏です。一撃で仕留めようと大降りになるのではなく、小さくてもいいので確実に当ててください」

「具体的にはどこを狙えばよいでしょうか?」

「胴体を狙うと良いと思います。確実に当てられますからね」

「わかりました」


 俺はお姉さんから指摘をいただいたようにシカの胴体を狙うことにした。指導してもらった構えで一撃放つと、硬い感触が刃を通して伝わった。直後、シカの鋭い悲鳴と共に蹴りが飛んでくる。


 俺は蹴りを避けるために銃剣から手を放し左側へ転がった。全身を強打しながら鈍い声が漏れる。シカはこちらが態勢を立て直そうとしていることを確認すると、体を上下に震わせる。しかし、銃剣は予想よりも深く刺さっていたようだ。


 状況を俯瞰していると、シカがこちらへ追撃を加えてきた。俺は肝が冷えた感覚を覚えながら両手で地面をたたき後ろへ逃げる。

 そこから始まったのは、シカの猛攻だ。シカは俺に一撃加えんとばかりに必死に攻撃を仕掛けてくる。俺は必死によけながら、シカに一撃加えるチャンスを伺い続ける。


 そうして、五分ぐらい格闘していた時だ。シカの動きが急に鈍くなった。立ち止まりながら体を震わせるシカを見た俺は、ここしかないと自身に言い聞かせる。全力で走った俺は刺さった銃剣を押しながら横に倒した。


 建付けの悪い扉を開閉するようなシカの鳴き声が聞こえると同時にシカの臓器が潰れる感覚が伝わった。両手を穢して命を奪う感触に忌避感があったが、行動を止める理由にはならない。


(すまねぇな、せめて成仏してくれや)


 俺はそう思いながら、全体重をシカにかける。鋭い断末魔が流れると同時に、びくびくと体を震わせながらシカは動かなくなった。


 本来なら、達成感が溢れるのだろう。しかし、俺には違う感情が沸いていた。それは、悲しさだ。


 先ほどまで生物として平和に生きていた生物の命を、この両手で奪ってしまった。その事実に対して、強い罪悪感がわいてくる。


「すまねぇな、シカさんよ……」


 俺が悲しそうにシカを見つめていると、お姉さんが笑顔で近づいてきた。


「おめでとうございます、クロウさん!」

「……おめでたいんですかね。こいつは悪いことしてないのに」


 お姉さんは少しだけ黙った後、目をつぶった。


「……それが、冒険者の役目ですから」

「そうですか……なら、仕方ないか」


 俺は静かに銃剣を地面に置いた後、手を合わせる。

 せめて、安らかに来世を送れるようにと、願ったのだった。

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