第十一話 笑顔を見せる変態

 俺はプルプルと足を震わせながら傾斜のきつい森を眺めていた。パラパラと落下する小石たちが見えたかと思うと、数秒後には見えなくなった。目の前に見える木々のクッションはきっと意味をなしていないだろう。つまり――万が一足を滑らせたら、雪山で滑落したときのような状態になりかねないだろう。


(……待て待て待て。本当に簡単なクエストなのかよ?)

 

 額に湧き上がる嫌な汗を拭きとりながら、ふとよぎる。いや、でも確かに簡単なクエストにしたとアカール本人が言っていたのだ。間違いなく嘘ではない。なら、存在する可能性はひとつしかない。


 アカール基準で簡単なクエストという意味だ。もしそうだとしたら、このクエスト完全初心者の冒険者が引き受けるには高難度に近いのだろう。


(けど、やめられん! だって、受付の方いるし!!)


 俺は正直やめたかった。死ぬかもしれないクエスト内容だ。そう思うのは人間として当然である。しかし、簡単に辞退できる状況ではない。受付の方がクエストに同行してくれているのだ。相手が既婚者だとしても、期待に応えられないのは辛いのだ。

 何より、クエストをこなしまくればあんな感じのグラマラス系女性が接近してくれるかもしれない。それなら、命なんて考えずに特攻するのが一番良いだろう。


 少しだけ覚悟を決めた俺は、傾斜のある坂に右足を置く。直後、ずるりと足が滑り浮遊感がおとずれた。重力によって引っ張られる感覚を味わった俺は過呼吸になりながら体を動かし、右足を引き上げた。


 泥が付いた服を眺めながら、パラパラと落ちる石を再度眺める。やはり見えない。もし落ちていたらと思うとぞわりとする。死ぬときは布団に入りながら死にたいのに落下して死んだら些細な夢すらかなわなくなってしまう。


 だが、仕事はこなさなくてはならない。どうするべきかと考えを巡らせているとアカールの景気良い声が聞こえてくる。


 そちらを見ると、アカールの手にはいっぱいのキノコが握られていた。仕事が早すぎやしないかと思うと同時に、立てた仮説は間違っていないと理解した。俺はキノコを納品ボックスに突っ込んだアカールに対して質問を投げかける。


「なぁ、アカール。どうやってキノコ採ったの?」

「そうだね……ひょいとやってグイって感じかな」

「……そのつまり、どういうことだ?」

「ン――そうだね。じゃあ見本を見せようか。ついてきてよ」


 アカールは先ほど採取していたらしい箇所へと向かっていく。俺は手ぶらの状態でついていった。見るとそこには、大きな手形が付いた木々が多く見受けられる。いったい何が起きたのかと思っていると、「私が今から見本を見せるから、見ててね」と彼が口にした。


 何が始まるのかと眺めていた俺は、次の瞬間、自分の目を疑った。アカールが大きな手を用いながら木々につかまりつつ、下に駆け下りていったのだ。クマの様に素早く動くアカールが見えなくなったかと思うと、戻ってくる。


「ほら、簡単でしょ?」

「いやいやいやいやいや、出来ないって」


 微笑みながらキノコを両手に持っているアカールに対し俺は右手と首を横に振った。普通に人間業じゃない。やはり初心者向けというのは違うようだ。


「そうかい? 出来ると思うんだけれど……」

「いやぁ、俺ってまだまだ冒険者として未熟だからさ。もう少し難易度の低い仕事とかってないかなぁ」

「う――ん、そうだなぁ……」


 アカールがポリポリと下顎をかきながら上を向いていると、後ろから一人の女性がやってきた。受付のお姉さんだ。


「それなら、ちょうど良い仕事がありますよ」

「えっ、なんですか!?」

「その仕事はですね……こちらです!」


 受付のお姉さんはにんまりと微笑みながら衣装の腰につけられたポケットから一枚の紙を取り出す。そこに書かれていたのは、可愛らしい見た目をした鹿だ。


「せっかく時間が空いているとのことなので、もう一つの目的であるツノジカ討伐をお願いしたいと思います。新鮮な状態で送り届けたいので可能であれば生け捕りにしてください。方法は構いませんので!!」

「……いや、待ってください。装備がないんですけれど」

「あ、そうでしたか。それなら、こちらを使ってください」


 受付のお姉さんはそう言いながら古びた箱から何かを取り出した。重そうな表情で俺の前に持ってきた後、「どうぞ」と微笑みながら手渡してくる。その手に握られていたものは、先端に刀が取り付けられた銃だった。


「少しばかり古いですが、機能性は保証します! 突発的ではありますが、この武器で戦ってください!!」


 受け取った銃剣を両手で持つと、足が持っていかれそうになった。一人で討伐できるか心配になり、弱音を漏らす。


「あの……本当に俺一人で討伐しなきゃならないんですか? ちょっと怖くて、中々難しいかもしれないんですけれど……」


 そんなことを思った俺は、弱弱しい声を出した。


「そうですね……では、私が指導に当たりましょう。これでもいろいろな武器を使った経験はありますので」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」


 俺は少しばかり得した気分になりながらお姉さんに頭を下げたあと、前傾姿勢のまま準備を始めたのだった。

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