第八話 放つ言霊の引き金は決して戻すな
この世界の人間ではあまり見慣れない、カジュアルスーツに身を包んだ男だ。男は眉まで伸びた散らばっている銀髪を少し整えながら細い目で俺たちを見つめている。
「今日は暇だったから一人で来てみたら、まさかお前に会えるなんてなぁ……いやぁ、ハハッ。よく戻ってこれたな。露出狂の変態なくせに。そのガキたちは何だよ? 結婚したわけじゃないだろうし、さらってきたのかぁ?」
「私がそんなこと、するわけないじゃないですか。リーダーであるあなたならわかるはずですよ、マルモル」
マルモルと呼ばれた男は舌を出しながら挑発する表情を見せる。
「うるせぇなぁ、アカール。変態なお前に言われなくたって分かってるよ。いや、正しくはこういったほうが良いか。元最強パーティーの露出狂剣士くん」
「…………っ」
「よく戻ってこれたよなぁ。何回も旅先でトラブルを起こしまくったくせによぉ。てめぇには誇りってもんがないのか? あ、そっかぁ。無いんだよなぁ、料理人になりたいってのも全部嘘だろ? どうせ、女を誑かしていたいだけなんだろぉ?」
アカールは目の前でありもしない雑言を浴びせるマルモル握りこぶしをわなわなと震わせていた。周りから集まる視線が棘の様に突き刺さっていても、決して感情任せに行動はしなかった。
そんな漢の援護をせず、男を名乗れるわけがない。
「待てよ……!!!」
俺は勢い任せに言葉を発する。後先考えずに踏み出してしまったことを後悔したが、ここで黙っていたら男ではない。整理できていない脳を必死に回し、言葉にする。
「あぁ……? 何だお前は?」
「てめぇになのる名前なんてねぇ。それより、マルモルさん、だっけか。あんた、アカールと同じパーティーで活動していたんだよな?」
「それがどうしたってんだ?」
「アンタ、仲間に対して何とも思わないのか? 仲間ってのは心から信頼して背中を預けあう一心同体の身内じゃないかよ。それなのに、いなくなったら悪口ってのは些か酷くねぇか?」
俺の発言を聞いた周りの空気が少しばかり変化する。アカールに集まっていた視線が明らかにマルモルに移っていた。
「パーティーは組んだばかりだが、アカールとは既に身も心も繋がった仲間なんだよ。だからよ、マルモルさん。せめてアカールに謝っちゃくれねぇか?」
俺は決して頭を下げることなく真剣なまなざしで相手の顔を見つめる。高い声を抑えながら発声するのは中々難しいが、相手に思いを伝えることは出来ただろう。
あとは相手の返答次第だが――中々上手くいくものではないらしい。俺に飛んできたのは謝罪ではなく、鋭い拳だった。左頬に突き刺さったパンチは俺の柔肌を薙ぎ、吹き飛ばす。
初めて感じた痛みが鋭く刺さる。しかし、ここで曲げるほど俺は甘くない。漢にとって重要なのは、一度引いた引き金を戻さないことだ。
「てめぇが何発殴ろうが、俺はひかねぇぞ……仲間に謝らない限り、許さねぇ」
「な、何が謝れだよ! ふざけんな! やい、アカール! てめぇのせいで俺たちの品格が下がったんだ! 二度と面見せんな、このでかぶつがぁ!!!」
マルモルは激昂した後、ギルドを出て行く。力強く扉を閉める音と共に静寂が訪れる。数秒間間隔が開いた後、アカールが微笑みながら声をかけてきた。
「ありがとう、クロウ君。私は嬉しかったよ。傷は大丈夫そう?」
「ほんとほんと! クロウかっこよかったよ! それに、もしクロウが対応しなかったらあいつの球を思い切り蹴りつけてやるところだったからね!!」
「ははは……ちょっと痛いけれど、後悔はしていないよ」
俺が左頬にできた痣を擦りながら、誇らしい表情を見せる。
「さて、と。御飯でも食べに行こうぜ!」
「そうだね。折角だし、今日は私がおごるよ」
「やったぁ! 飯だぁ!! 僕もう腹ペコペコだよ!!!」
俺たちはヒサメの嬉しそうな声を聴きながらギルドを後にした。外に出ると、眩しい光が地面を照らしている。南中を迎えているようだ。
「とりあえず、この地域で一番有名な食事処に行くとしようか」
アカール先導の下、俺たちは彼が勧めるお店へ向かう。
数分間街を歩き、店が立ち並ぶ区画に入ったころ、目的の建物が目に映る。
屈強な男たちが運営しているカフェだ。タンクトップを身に着けた禿マッチョのおっさんたちが配膳・調理する様はメイドカフェならぬ筋肉カフェである。
「どうだい? ここ、よさそうだろ? 特に筋肉を推すってところが良くてなぁ。私も鍛えることが大好きだから、彼らにはいつもお世話になっているんだ」
「へ、へぇ……そうなんだぁ」
「ぼ、僕、も、いいと思う、よぉ……」
俺がヒサメと同様に言葉を選びながら感想を発していると、「三名様ご案内!」というマッチョな男の野太い声が響く。俺たちは屈強な男一人に案内され、木製テーブルに座ることになった。
「こちら、商品表でございます。お決まりの品がございましたらお呼びください」
俺はお礼を伝えてからメニュー表を受け取った。そして、俺は理解した。この世界に来てからずっと思っていたことだが、言語が読めないハンデが大きすぎる。どれを読んでも謎の言語にしか見えず、想像一つできないのだ。
(どれだ、どれを選ぶのが安牌なんだ!?)
俺が必死に脳を回転させていると、アカールが眉を八の字にしながら質問してきた。
「クロウ君、一体どうしたんだい?」
「え、いや……御飯どうしようか悩んでいて……」
「あ、そうなんだ。それなら私がおすすめの商品があるから、それにする?」
「あ、うん。そうするよ」
「ヒサメ君は?」
「僕はこれとこれで!」
ヒサメはそう言いながらメニュー表を指さし、こちらを見つめてくる。わざと名前を言わないことでイメージさせないようにしているようだ。やっぱり性格が悪い。
俺が心の中でヒサメに文句を言っていると、屈強な体つきのウェイターが近づいてきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい、特製マッスル飯を二つ、それとオムレツライスにスープを」
「かしこまりました」
ウェイターはぺこりと頭を下げた後、その場を離れていく。後姿が遠くなったことを確認してから、俺は隣でニマニマ笑みを浮かべるヒサメに話しかけた。
「お前、なんで言語が読めるんだ?」
「言語系の知識を身に着けておくのは神様として常識だからね」
「まさかとは思うが……俺の言語用経験値を盗んでないよな?」
それを聞いたヒサメは眉間に皺を寄せながら怒りをあらわにする。
「失敬な! 僕は博打するときは全財産賭けるタイプだから!!」
(聞きたくなかったよ、そんな言葉は……)
俺はヒサメがあまり強くない博打好きと再理解し、ため息をつく。ジュージューと焼ける音を聞きながら、俺は料理に意識を向けるのだった。
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