第七話 パーティー登録しに行ったら、変な男がいました

 写真撮影を終え、戸籍取得を終えた昼頃。俺はヒサメと手を繋ぎながら恐怖の場所を後にした。現状のトラウマは間違いなくカメラマンとの邂逅といえる。


 奴は身体をねっとり見つめながら、時折点数を口にする。写真撮影が終了した後は俺の右手を撫でながら、吐息交じりの声でこう言った。


「今度、私の家においでよ。個人的にいいことして、あ・げ・る……」


 蛇に睨まれた蛙の気分を生まれて初めて味わった。もし、ヒサメに手を引かれていなければ、俺は間違いなく辱めを受けたはずだ。


「マジで怖かった……ありがとう、ヒサメ……」

「うぅん……お互い様だよ。僕もやられたけど、クロウはそれ以上だったし……」

「そうか……お互い、大変だったな………」


 右手に温もりを感じながら俺とヒサメは横並びに歩く。周りの大人たちからは可愛らしい物を見つめる視線が向けられていた。美形のショタと美少女が並んでいる構図に見えるのだろうか。


 少しばかり恥ずかしさを感じていると、見慣れた人物が視界に入る。アカールだ。


「証明書を取り終えたようだね。疲れているようだけど、何かあった?」

「いや、別に……」

「僕は、疲れたから、ゆっくり、休みたい……」


 俺がかっこつけていると、隣で手を握っているヒサメが弱音を漏らした。気疲れしていた俺にとってありがたい援護射撃だ。


「それじゃあ、ギルドへ申請した後にご飯を食べに行こうか」


 俺たちはアカールの提案を快く快諾してから、門をくぐる。少年心を躍らせながらくぐり終えた先に広がっていたのは、レンガ調の建物が多く並ぶ西洋風の街並みだ。


 色とりどりの野菜が置かれたお店や茶葉の絵が描かれた看板を掲げる店があった。おなかがすいた俺の腹をぎゅるると虫が鳴らす。


「ぷっ……! ふふ、おなか減ってるんだね!!」

「笑う事じゃないだろ! 生理現象だし!!」

「わぁ! 怒っちゃった!! おこってもそんなに怖くないよ~~」


 くだらない喧嘩をしながら歩を進めていると、今度は住宅街に入った。大小さまざまな木造建築が立ち並んでいる。区画ごとに並んでいるんだなと思っていると、突如アカールが進む方向を変えた。俺は少しばかり気になり質問する。


「なんで曲がるの?」

「あそこは大人が嗜む場所だからな。子供は行っちゃいけないんだ」


(なるほど、そういう場所か)

 

 俺は小さくうなずきながら一緒に曲がっていく。

 横並びになりながら一本道を歩いていると、アカールが体を震わせた。


「くっ……しかし、服を着るのは面倒くさいな」

「え……? 何言ってるの……?」

「正直言うと、かなり抑えているんだ。本当なら脱いでしまいたいよ。こんな装備。けど、君たちと一緒にギルドで登録するまでは私は我慢するんだ。そう、我慢……」


 アカールはドスの強い声で最後の単語を言う。その様子を見た俺とヒサメは限界が近いことに気が付いた。早く向かわないとこの場所で露出狂が降臨しかねない。


 事態を把握した俺とヒサメはアカールにこう伝えた。


「アカール、少しペースをはやめてくれ」

「私たちは必ず追いつくから!」

「二人とも……分かった。ペースを上げよう!」


 アカールに俺たちの思いは伝わったらしい。彼は返事を返すと、屈強に鍛え上げられた足を用いて地面を蹴った。尋常じゃない速度で向かう巨体はまさしく重戦車だ。


 俺とヒサメは彼の背中が見えなくならないように必死に追いかけながら目的地へ向かっていく。度々地面を確認し、装備が落ちていないか確認しているうちに目的地へ到着することが出来た。


 二階建ての頑丈な造りを持つ建物だ。古びた赤レンガで外壁が構築されており、時の重みを感じさせる。ひび割れや剥がれた箇所が見受けられないことから、メンテナンスを厳重に行われていることが分かった。


 ギルドから視線を逸らすと、横側に馬車が収容できるような大きさを備えた馬屋が併設されている。餌の干し草を食べている屈強な馬を数秒眺めていると、扉が開く音がした。どうやら二人が先に入ったようだ。


 俺はそう思いながらあいている扉を抜け、館内に入る。


 最初に視界に入ったのは、ギルドの大広間だ。既に多くの人間でごった返しており、様々な魔法使いの格好をした女性や顔に傷がついた刀使い、目つきが悪そうな猫背の男など多種多様だ。


 右手の受付カウンターの前には長い行列ができており、受付の娘が一生懸命手帳と対応を続けている。次々と到着する冒険者たちに仕事内容を伝えているのだろうかと思うと、お疲れ様ですという言葉しか出てこない。

 

 左手には階段があるようだ。酒場の看板が描かれていることから、大衆酒場があるのだろう。現に、顔を赤らめた千鳥足の男たちがこちらの左横を通り過ぎて行った。


 少しばかり興味はあるが、年齢的に酒を飲める段階ではない。何より、今は受付をすることが重要だ。俺は意識をアカールに戻してから彼の後を追う。

 

 酒場の横で名称不明の札を置いている女性の前についた。

 緑色の衣装が特徴的なメガネをかけた女性は俺たちに気が付くと質問する。


「こんにちは、アカールさん。本日はどのようなご用件で?」

「三名で冒険者登録したい。出来るか?」

「はい。できますよ。お名前を書いた後、お待ちください」


 俺たちは受け取った紙に各々の名前を書いた後、返した。数秒間女性が紙を眺めた後、サインを書き機械に通す。数秒間駆動音が響いた後、チンという音と共に紙が現れた。


「冒険者登録が終わりました。クロウさんとヒサメさんは初めてなので、初級依頼しか受けられませんが、問題ありませんか?」

「はい、問題ありません。まずは基礎からつんでいきますよ」

「そうですか。アカールさんらしいです。それでは、頑張ってくださいね!!」


 女性はぺこりと頭を下げた後、俺たちに手を振った。はっきり言う。俺的に好みの女性だ。御淑やかでありながら元気な感じ、最高だ。


「あの人って結婚しているのか?」

「あぁ、結婚しているぞ」


 告らなくてよかった、と俺は心底思った。もし告っていたら白けていただろう。

 兎にも角にも、登録は終了した。時間があるし、飯でも食べに行こう。


 そう思っていた時だ。


「久しぶりだなぁあ、アカール」


 馬鹿にするような雰囲気を醸し出した声が、俺たちに聞こえてきた。

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