第六話 戸籍登録したら、変態が待っていた件について
ひんやりと硬い地面の温度を感じながら体をゆっくり起こす。瞬きを数回してから欠伸すると、まぶしい光が入ってきた。光が差す方へ向かうと、遠くの方から太陽が昇っているのがわかる。
「なんだが、地球みたいだなぁ。まぁ、違うんだけどさ……ふあぁ」
「起きるのが早いね、クロウくん」
「アカールか。おはようさん。もう支度、済ませたんだな」
俺は右を見ながらアカールの格好を見る。一瞬、夢かと思い目を瞑る。もう一度開くと、予想外の光景が広がっていた。そこにいたのはふんどし姿の変態ではなく白銀に輝く防具を纏った男だったからだ。
「な、なんで服を着ているんだ!?」
「なんでって……流石に街へ向かうときはふんどしだとダメだろ。まぁ、安心しろ。ダンジョンへ向かうことになったらふんどしになるからよ」
(そのままでいてくれよぉ!!!!)
俺がアカールの馬鹿さにキレていると、眠たげヒサメがやってきた。可愛らしい顔の神様は一日風呂に入っていないのに全く悪臭を感じさせない。一体全体どうやって防臭してるんだろうかと思っていると――
「ふぁあ~~眠いなぁ……って、あれぇ!? 変態が装備来てる!? なんで!?」
奴は俺より酷い言い方でツッコミを入れていたのだった。
「まぁ、めんどいから理由は後で話すよ。それよりさ。私が朝ご飯を作ったから二人は食べなよ」
「えっ、本当か!? ありがとう!」
「わ――い! 飯だめしだ――!」
俺とヒサメは喜びを露にしながらアカールの近くに座った。俺たちにとって唯一の欲求である飯に心躍らせていると、俺たちのほうを見る。
「今日はこれだ」
「……なにこれ?」
「山苺だ。少し酸っぱいが、それなりに栄養はある」
「いや、そうじゃなくて。昨日みたいな豪華なのは?」
「残念ながら、ないぞ」
まぁ、仕方ないか。
俺はそう思いながら苺を一粒口に入れる。舌でコロコロ転がしていると、ほんのりと甘さと酸っぱさが伝わってくる。甘味と共に摘むなら最適な一品だろうと思いつつ隣を見る。
「ねぇ~~僕はこれじゃ足りないよぉ~~もっとご飯くれよぉ~~」
「申し訳ない。私は服を着ると平和主義者になるんだ」
「つまり……魔物を倒したくないと?」
「あぁ、そうだ」
俺が相槌を打ちながら理解を示していると、隣で唇を尖らせているヒサメがブーイングする。
「栄養源確保するために力使ってよぉ~~」
「それなら君がやればよい」
「嫌だよぉ。魔法使うの疲れちゃうし」
「なら、諦めるんだな」
ヒサメは目をうるうるさせながら泣き落そうとしていたが、丁重にお断りされた。眉間に皺を寄せながらこちらに顔を向けてくるが、生憎俺も力を持っているわけではないのだ。仕方ないというやつである。
「さて、と……そろそろ街に向かうとするか」
俺たちは腹が減った状態でアカールとともに街へ向かうことにした。軽い会話を交わしつつ目に映る動物たちに心躍らせていると、遠くに街が見えてきた。
城壁に囲まれた要塞のような場所だ。魔物が近くにいるのだから壁で囲うのは当たり前か、と納得しているとアカールが甲冑をまとった人物に話しかける。
「元マルモル部隊のアカール、帰還しました」
「お疲れ様です、アカールさん。そちらのお二人は?」
「私の連れです。私的に信用できる人物ですよ」
「そうですか。アカールさんがそうおっしゃるなら、どうぞこちらへ」
甲冑をまとった人物はそう言うと、手招きしてきた。俺とヒサメがその人物の後ろを歩いていくと、とある建物が目に映る。文字が読めない、と思っているとヒサメが翻訳してくれた。
「人物証明書を作る場所みたいだね」
「確かに戸籍は重要だからな。ただ、俺たち家ないぞ?」
「そりゃ……簡単よ。私たちがアカールの養子ってことにすれば良いのよ」
ヒサメはあくどい笑みを浮かべてから数秒間俺の視界から消えた。その後、どたどた足音を鳴らし戻ってくると、笑みを浮かべながら伝えてくる。
「良いってさ。家が賑やかになるのは嬉しいってね」
「そうなんだ……なんだか申し訳ないな」
「とれるものは可能な限り搾取する! 博打の鉄則でしょ!!」
「お、おぅ……」
(そういえばこいつ博打好きだったなぁ……)
忘れかけていた設定を思い出していた俺は目を点にしつつ建物に入った。中にはランタンが等間隔に並んでおり、その間に向日葵や睡蓮のような絵画が飾られていた。
「中々高そうな絵だなぁ」
「高そうだね。僕なら担保にして博打するけど」
「……そこまで博打設定推さなくてもよいぞ」
「設定とはしっけいな! 僕は三億円稼いだギャンブラーだぞ!」
「生涯収支は?」
「……聞くな!!」
かわいいものを見つめる目でヒサメを見つめていると、俺たちに声がかかる。部屋をノックし、扉を開けるとそこにあったのは木製の椅子とカメラだった。
「いやはや……美形の子供たちを取れるなんてなんて眼福なんでしょうかぁ……」
端正な顔立ちの女性がこちらを見つめながら準備を進めていた。黒色の長髪を揺らしながら左手でカメラを準備している。時折口元から涎が垂れているが、本人は全く気が付いていないようだ。時折きらりと光る黄色の眼は、狂気を感じる。
かつて現代日本でショタ好きVtuberの配信を見ていた俺は、一つの仮説にたどり着いた。もしかしたら、目の前にいる人間はショタコンじゃないか、と。
「嬉しいねぇ……美少年たちのお顔を拝見しながら写真を撮れるぅ……眼福だぁ」
ふへへへへと邪悪な笑い声を上げながらカメラをセットしている女性から逃げたいと思ったが、その選択肢はなかった。なぜなら、ここで証明写真を撮らなければ住居すらない状態で過ごすことになるからである。
「大丈夫だよぉ、僕くぅん……私、かわいい男の子を見ると興奮しちゃうだけだからねぇ……写真とったら、お姉さんがいいことたぁっぷり教えてあげるからねぇ……」
(こわいいいいいいいいいいいいいい!!)
俺は昨日の戦いとは違う意味の恐怖を、人生で初めて感じたのだった。
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