第五話 ちょっとのウソと少しばかりの真実と

「ありがとう、アカールさん。俺たちは町へ向かうよ」

「ありがとうございました、アカールさん! 飯、おいしかったです!!」


 食事を終えた俺とヒサメはお礼を伝えてから立ち去ろうとしていた。英雄を目指す必要がある俺たちは、直ぐに町へ向かう必要があったからである。


「お二人とも、今日は町へ向かわないほうが良いですよ」

「……何でですか?」


 そんな俺たちに対し、アカールが指摘する。

 予想外の言葉を言われた俺は首をかしげながら返答した。


「この場所は今皆さんが食べた猪に近い生物がわんさか出ますし、暗い夜道だと全く周りが見えませんから」


 俺は相槌を打ちながら最悪のケースを想定し、背筋が凍った。この世界で死ぬ経験をしたことはないが、きっと痛いのだろう。


「今日は、私が使っている洞穴で過ごしてください。雨が降っても凌げますよ」

「本当ですか! いやぁ、そりゃありがたいです!!」


 アカールさんの好意によって、俺たちは夜をこす場所を確保出来た。

 そして、時間はあっという間に流れ夜となる。洞穴は少しばかり肌寒く、都心部で暮らしていた時より不便さを感じた。


(寒くなってきたなぁ。けど、仕方ないか)


 野垂れ死ぬよりは断然ましだ。何より、今日はアカールという最高級のボディーガードがいる。俺たちが死ぬ可能性は皆無に等しいだろう。


 だからこそ――俺は生きるか死ぬかというではなく別のことに頭を使う。


「なぁ、ヒサメ。この世界ってどんな場所なんだ?」

 

 俺はうつらうつらと眠たそうにしているヒサメに質問を振った。ヒサメは機嫌悪そうに唸りながら俺の質問に返答する。


「確か……ミッシャルっていうはずだよ。魔物とか出てきたり、ギルドとかあったりするみたいなそんな感じの世界」

「そうか。英雄になる条件とかわかるか?」

「知らないよ……そもそも僕はこの世界に向かう予定なかったんだから、事前調査するわけないじゃないか」


 ヒサメは目を細めながら壁によりかかる。眠ってしまったら情報が仕入れられなくなる。生きていくうえでそれはまずいのだ。


「なぁ、ヒサメ。あと何個なら質問に答えられる?」

「後一つだけならいいよ……」

「そうか……なら、一つ聞きたい。もし英雄ってものになれたら、俺は何になれるんだ?」


 それを聞いたヒサメは少しばかり間を開けた後、眠たげな口調で返事を返す。


「目標達成すれば願いが叶うみたいな感じかなぁ……僕はやったことないけど、上級職の神様たちが転生者に能力を授けているのは見たことあるしね~~」

「そうなのか!? とすると、チートとかも貰えたり……!?」

「質問はひとつだって言ったろぉ。僕ぁ眠いから寝るぞぉ~~」


 ヒサメはそう言いながら眠りについた。鼻提灯が形成されていることから、起こさないほうが良いのだろう。俺がそう思いながら軽く伸びをしている時だった。


 奥からランタンを持ったアカールがやってきた。ふんどし姿で割れた腹筋を見せつけている彼は平然と俺に質問してきた。


「夜が明けたら、君たちは町へ向かうんだろう? 何をするか、決めているのかい?」

「そうだなぁ……とりあえず、冒険者にでもなろうかな」

「冒険者かい? その年で?」

「そうだけど……何か問題でも?」


 俺が首をかしげると、アカールは少し上を見上げてから返事を返す。


「冒険者になるにはまだ早いんじゃないかなってさ。これから先、例えば数年後に冒険者になるってのも遅くはない。何せ、冒険するってことは死地に向かうことと同義だからね」


 アカールの言いたいことは至極全うだと俺は思った。冒険者というギャンブルな仕事をするには、それなりに経験が必須なのは俺だって理解できる。


 だが――それでも、学んでからでは遅いのだ。隣に眠っているヒサメが聞きそびれた世界のルールがあった場合、数年後に世界が滅んでもおかしくない。


 流暢に鍛えるよりも実戦で力をつけるほうが良いだろう。

 そんな思いを伝えるには――少なからず、熱意を込める必要がある。


「それじゃダメなんだよ。英雄にならなきゃ、いけないんだ」

「それはまた……なんでだい?」

「……こう見えて俺ってさ。英雄に憧れているんだよ。英雄になって、人から賞賛されて、少しだけ天狗になりながら何かを守りたい。そんな欲求があるんだよ」


 とても笑われる理由だなと俺は口から洩れる出まかせを聞いて思った。けれど少しも思わなかったことがないかと聞かれたらうそになる。若い少年時代、何か有名人にあこがれる事なんてざらなのだ。それが少年にとっては英雄だった。それだけだ。


「そうか……君は、英雄になりたいんだね」

「あぁ、そうさ。実績を上げて、必ず上りつめてみせるさ!」

「そうかそうか。いい心がけだね」


 アカールは肌色があらわになっている自身の膝をぱちんとたたいた後、にんまりと笑った。


「気に入ったよ、クロウ君。私も君のたびに同行するとしよう」

「えっ、本当か!?」

「あぁ、君の旅路が見たくなったからね」


 こうして、俺たちの旅にふんどし剣士ことアカールが加わったのだった。

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