第四話 ふんどし剣士は夢を語る
腹の虫が鳴り始めるお昼ごろ。俺とヒサメは焚火の前に置かれた丸太に座っていた。目の前ではふんどし剣士が器用に豚を調理している。解体した豚の肉塊を焚火の上でぐるぐる回すたび、ジューッと香ばしい煙が立ち上る。
絞りに絞られる豚の油と赤い鮮血が燃料となり、音を奏で続ける。表面はカリッ、中はジューシーなお肉だろうと思うと、少しばかり涎がたれそうになった。
食していないまま数分経った頃、男が声をかけてきた。
妄想にふけっている間に料理が出来たようだ。
「ほら、君たち! 元気出るからたんと食べな!!」
恰好から想像できないほど爽やかな笑みを浮かべた男は肉が刺さった原木の串を俺たちに手渡してきた。少しばかり焦げ付いた串は熱を帯びており、先端に茶色く染まった肉があった。
肉に関しては百点満点。しかし、問題はそれ以外だ。
俺は視界に入る枝を睨みつけた。でこぼこ穴があいたこいつが食欲を減退させる諸悪の根源である。握る手をわなわなと震わせていると、隣から可愛らしい声が響く。そちらを見ると、頬を抑えながら目に星を輝かせるヒサメの姿があった。
「旨ぁい!! 僕こんなにうまいお肉初めてだよぉ!!! お代わり!!」
「おぉ!! お嬢ちゃん食欲旺盛だねぇ! ほらほら、もっとお食べ!」
「別にお嬢ちゃんじゃないけど……ま、いっか!! おいしいし!!」
俺が目を離しているうちにヒサメの足元には枝が四本落ちている。かなり早食いしているようだ。神様が言うのだから、相当うまいのだろう。
俺はゆっくり右手に持っている肉串に焦点を合わせてから勢い良く、かぶりつく。弾力のある豚肉を嚙むたび、旨味を帯びた温かい肉汁が口内を駆け巡る。
「何だこりゃ、無茶苦茶うめぇじゃねぇか……!?」
「私が愛情込めましたからね。そりゃおいしくなりますよ」
俺が神妙な顔つきで褒めたたえるとふんどし姿の男はにんまりと微笑み返す。変態のくせに飯が上手いとは、人は見かけによらないというものだな。
俺はそんなことを思いながら男が調理する肉を食べ続ける。俺達が食べる姿を眺めている男はふと、言葉を言う。
「なんだか懐かしいですねぇ。私が元料理人からギルドメンバーに転身した当時を思い出しますよ」
「へっ、そうなの?」
「えぇ。こう見えて私、何でも調理できる料理人なんですよ。昔のギルドメンバーからも調理スキルを買われてスカウトされたんですけど、いつの間にか戦力になってたみたいです。まぁ、クビになったんですけどね。はははっ」
俺は串をほおばりながら後頭部を擦りにへらと笑う男を眺めていた。男の表情からはどこか寂しさを感じられた。もしかしたらギルドメンバーと上手くいかなかった理由は他にあるのだろうか。
いや、でも、関わらないほうがいいだろう。だって変態なのだ。変態とかかわったところで徳はしない。そう、絶対にしないのだ。
「なぁ、あんた。名前は?」
なのに――俺は名前を聞いていた。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。私はアカールといいます。あなたたちの名前をうかがってもよいでしょうか?」
「俺はクロウ。誰も飯とらないのにリスみたいに肉詰め込んでる馬鹿がヒサメ」
「ばかじゃないほっ! びじんじゃっほっう!」
「わーったわーった。味わって飲み込んだ後に喋れ。お行儀悪いから」
むすっとした表情で数十秒咀嚼し、飲み込んだ。あれだけの肉を処理できる食欲がすごいなと感嘆していると、ヒサメがアカールに話を振る。
「ねぇ、アカール。気になったんだけど、なんで料理人辞めたの? その腕があればどこでも店開けると思うよ?」
「珍しくまっとうなこと言ったな」
やべっと俺が口にした途端、ヒサメが「ぎゃぁおおおおおお!!」と言いながらポカポカ殴ってきた。ちゃんと拳を作っているためか、意外と痛い。
「ハハハッ、まるで兄弟みたいだなぁ」
そんな様子を眺めていたアカールが微笑ましく笑ってみせる。
「俺とこいつがんなわけ」
「僕とこいつが」
「「兄弟なわけあるかぁっ!!」」
俺たちは語気を強めながら、その言葉を否定したのだった。
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