第三話 ふんどし剣士、追放されたらしい

 人間は動揺したら思考が上手く回らなくなると聞いたことがある。確かにショックを受けたことはあるが、弁解するための言い訳を思いついてきた俺からすれば、ありえないシチュエーションだろうと考えていた。


 そんな俺はいま――物凄く動揺していた。理由は単純。目の前にぼさぼさの黒髪と三白眼が特徴的なふんどし姿の男がいるからだ。体つきから察するに、相当な手練れだろう。


 煩悩系の男と変態は結びつくとでもいうのだろうか。


(とにかく逃げなきゃ!)


 俺は頭を高速で回転させながら逃げろと警鐘を鳴らし続ける。しかし、体は動く気配がない。横をちらりと見る。膝をがくがくと揺らしているヒサメの姿があった。


「嘘だ……こんなバケモン……聞いてないよ……」


 ヒサメは涙目になりながら変質者を見つめているようだ。こちらの様子にすら気を配る余裕がないのを見ると、危機を打破することが出来るのは俺だけのようだ。


 どうやってこれを解決するべきだろうか。そんなことを考えていると、野太い声が対面から聞こえてきた。


「君たち、とても小さいね。どこから来たのかな? おうちはわかる?」


 心配そうな表情を浮かべている男の質問を聞いた俺はさらに警戒度を上げた。現実世界で未成年、いやそれ以外の年齢にもこう声をかければ間違いなく補導案件だ。 


「わ、わかり、ませ、ん……」


 俺が震えながら返事を返すと、男は顎髭を右手で擦りながら弱った表情を見せる。


「そうなんだ……困ったなぁ。ギルドに登録されていればそこから住所を割り出して親御さんに返せるんだけれどなぁ……困ったなぁ……」

 

 意外に理性的な男だ。もしかしたら話が通じるかもしれない。


「と、ところで! あなたは何をしているんですか? そんな恰好で」


 俺は少しぶれる言葉を用いて相手に質問する。相手はすこしばかり困った様子でこう返答した。


「怪物どもを一人で倒せるようにするために鍛錬してるんだよ。私は一人で戦わないといけなくなってしまったからね」


 男はそう言いながら置いていた大剣を両手に握る。男は化け物じみた力で持ち上げると、勢いよく振るった。直後、勢いよく風が吹く。肌に痛みを生じさせる剣戟を放った男は一息つきながら剣を地面に突き刺した。


「このように、剣の腕は自分としても申し分ないんだよ。実際、ギルドでは無茶苦茶強いと評価されていたし、それなりに強い仲間と冒険していたんだよ。それなのに、あいつら、私をクビにしたんだ……」


 男はそう言いながら俺たちのほうを見た。


「私が、露出狂なんだってさ」


 だろうなと思った発言が、かえってきた。


「仕方ないじゃないか。人が三大欲求満たすように、私は露出しないとやってやれないんだよ。無駄な装備はかえって動きの邪魔になる。攻撃なんて鍛えれば当たるわけがないし、何より気持ちが良いんだよ。肌触りというか、解放感というか。そういうのがあるんだよ」


 息を荒げながらにちゃりと笑う男が俺に顔を近づけてくる。当の本人は気が付いていないらしく、何度も唾が飛んできた。ふと横をちらりと見る。だんだんと冷静さを取り戻してきたヒサメがこちらに視線を向けている。


 ニマニマと笑っていた。巻き込まれていないからか煽る余裕が生まれているようだ。安全地帯から眺めるだけとは許せないものだ。どうにかして話題に巻き込むか。


 そんなことを思っていた最中だった。突如、足音が一つ森の中から聞こえてきたのだ。数秒間経過すると、一匹の動物がこちらを見つめていることに気が付く。


 黒色のまんまるとした猪だ。牙が鋭く、かぎ爪がとても鋭い。見ただけで危険性の高い生物だと理解できた。しかも――あろうことか俺に狙いを定めている!


「ふごっ! ふごぉぉっ!!」

「ひぃぃっ! お助けえっ!!」


 俺は突進してきた豚を横っ飛びで避けた。間一髪避けた俺が豚の衝突した壁を確認すると、クレーターが形成されていた。もし衝突していれば、自分の体もあのようになっていたと思うと、ぞわっと背筋がこおる。


「ふむ、肉豚か。久しぶりにごちそうをありつけそうだ」


 屈強な男は俺に見向きもせず大剣を構える。重々しい鋭利な剣が光に照らされ、黒色に鈍く光っている。危険性を認識した豚は男へ目標を変えると一目散に突進した。

 

「はぁぁぁぁああああっ!!」


 男の一撃が、豚の体に叩きつけられる。直後、豚の体から破裂するような音が響き渡った。骨が折れた音だと、俺はすぐに認識する。それと同時に、俺の体へ鮮血が飛んできた。先ほどまで生きていた生物の血だと、痙攣している豚が示していた。


 あまりにも惨い場面を見た俺は吐き気がした。現代日本で生きていれば普通目にしない場面。しかも生物の生き死にとくればそうなるのも至極当然だ。


「おええええっ……」


 俺は端正な顔をしわくちゃにしながらとにかく吐いた。口から漏れ出すのは胃液だった。数秒間四つん這いになりながら呼吸を整えていると、男が近づいてくる。


「さてと……今日は夜が遅いし、私と一緒にこいつを食べないか?」


 それを聞いた駄目神様こと、ヒサメが腹の虫を鳴らす。見た目だけ見れば美少女なのになんで生えてるんだと俺は思った。だが、こうして飯にありつけるのはヒサメのお陰だと理解していたため、批判することはやめた。


 とにかく今日は、ご厚意に甘えよう。

 俺はそう思いながらヒサメの魔法で手を洗うのだった。

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