第3話:的当て

 ◇


 俺たち受験生は十名ごとのグループに分けられた後、試験が執り行われる運びになった。


 同じグループにはさっき口論になったユリウスもいるらしく、かなり気まずい。


 ……というか、グループが一緒になったのは多分こいつの仕込みだろう。


「それでは、一次試験の的当てを行います」


 試験官はコホンと咳払いし、試験内容の説明を始めた。


「皆様には、あちらに見える訓練用のカカシを攻撃していただきます。武器は得意なものを自由に持ち込んで使っていただいて構いません。カカシが受けたダメージに応じて様々な色に輝きますから、光の色を基に評価いたします」


 なるほど、攻撃力を見るということか。


 武器は何でも良いということらしいが、今日はあいにく武器を持ち合わせていないので魔法で攻撃することにするとしよう。


 俺は、剣士である父さんから剣技を教わった他に、父さんの戦友——七傑と呼ばれる英雄たちから、変わる代わる指導を受けていた。


 拳闘士のゲイルおじさんからは、拳闘術を。

 槍士のベックおじさんからは、槍術を。

 弓師のフィルおじさんからは、弓術を。

 魔法師のユミルおばさんからは、攻撃魔法を。

 付与魔法師のリーリャおばさんからは、付与魔法を。

 回復術師のセレナおばさんからは、回復魔法を。


 ——といった感じに。


 そのため一通りの技術を扱えるのだ。


「それでは、ユリウス様。お見せいただけますでしょうか」


「ふっ、良いだろう」


 名前を呼ばれたユリウスは、剣を持ってカカシの方へ向かう。


 ふむ、ユリウスは剣士らしい。


 金色の装飾が施された性能の良さそうな剣は、これだけで使い手の能力を数段階引き上げてくれそうな気がする。


 こういったところからも試験には格差が生まれているらしい。


 カカシを前にしたユリウスは、気合いの入った大きな声とともに剣を力強く振った。


「おりゃああああああああ‼︎」


 ザンッ‼︎


 すると、カカシの色が銅色に輝いた。


 銅色っていうのは強いのか?


 と思っていると、周りから歓声が湧き上がった。


「さ、さすがはユリウス様だ!」


「おおっ……やはり噂通りのお方だ!」


「しなやかで力強い剣技! これは首席間違いなしだ!」


 え、言うほど強いか……?


 周りの反応はかなりの高評価のようだが、いまいちピンとこない。


 歓声に気を良くしたのか、ユリウスはドヤ顔……あっ、もしかしてみんなユリウスが上位貴族だということで気を使っているのだろうか。


 うん、そうだな。そうとしか考えられない。


 そうじゃなければ、この程度の剣技で歓声が湧くはずがないのだ。


 もし父さん——剣士ジークの目の前でこんなみっともない剣技を見せれば、一時間は説教されるくらいの酷い出来だったからな。


 やれやれ、貴族というのは本当に面倒くさいな。


 そのような感想を抱いている中、戻ってきたユリウスが声を掛けてきた。


「ふっ、どうだ? 俺様の剣技に恐れ慄いたか?」


「えーっと……」


「貴様の考えていることはお見通しだ。今日は七傑の英雄様もお見えになっている。そんな中でこれから恥ずかしい結果を出すことになることを察して絶望しているのだろう?」


「え? 七傑の英雄⁉︎」


 ガバッと後ろを振り返ると——


 いた!


 父さんを筆頭に、合計七人の英雄!


 遠くから俺のグループを見ていたのか!


 っていうか、こっち見て手振ってるし⁉︎


 な、なんで見にきてるんだよ⁉︎


 入学試験は授業参観じゃないんだぞ⁉︎


「焦っているところを見るに、図星だったらしいな? フハハハハハ!」


 満足そうに笑える状況のユリウスが羨ましい。


 ユミルおばさんの前で情けない魔法を放てば後でどれだけドヤされることか……。


 やれやれ、一応はちゃんと魔法で攻撃するほかなさそうだ……。


 まあ、本気で試験を受けたとしても、まさか何も特別な修行をしていない俺が平民の身分で合格するようなことはあり得ないだろう。


「次は——平民か。エレン、位置につけ」


 試験官の声がかかった。


 なんだか、貴族と平民で露骨に言葉遣いに差をつけている感じがして気分が悪いな。


 まあ、細かなことを気にしても仕方がない。


 俺は支持された通り位置についた。


 使う魔法は何でも良いなら、一番弱い『火球ファイア・ボール』でも良いってことだよな?


 ユミルおばさんは、みっともない魔法を使うことに関しては怒るが、低級の弱い魔法だとしても完璧に扱っていれば怒ることはない。


 ということで、今回は『火球』で試験を受けるとしよう。


 俺は、右手を突き出して『火球』を繰り出した。


 勢いよく火の球が飛び出し、直線を描く軌道でカカシに着弾。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ‼︎


 大爆発が起こり、俺たちのグループを粉塵が包んだ。


 粉塵が落ち着き、視界が開けてきた。


 サッと後ろで見ていたユミルおばさんを見ると、親指を立てている。


 合格のサイン。怒られることはなさそうだ。


 さて、気になる光の色は——


「あれ?」


 大破してしまったカカシからは、何の色の光も発していなかった。


 どういうことだ?


 偶然壊れちゃったのかな?


「なっ……カカシ……魔道具が壊れた……ですと?」


 確認に来た試験官がガタっと膝から崩れ落ちた。


 そんなに珍しいことなのだろうか。


「えーと、これってどういうことなんだ?」


「カカシの魔道具で測定できる攻撃力を遥かに超えている……ということです。つまり、上限である金色以上の輝きということで評価するしかありません……!」


 なんと、そういうことだったのか。


 あれ……?


 ということは、もしかしてこれって結構良い成績を出してしまったのでは?


 嫌な予感は的中していたようで——


「しょ、庶民の分際で……俺より、強いだと……?」


 ユリウスは、身を見開いて驚いていた。


 脚がガクガク震えており、恐れさえも感じさせてしまったかもしれない。


 ううむ、こんなつもりではなかったのだが……。


 次の試験、こいつと決闘なんだよな?


 もし勝っちゃうようなことがあれば、合格してしまうのでは……? という不安がよぎる。


「ル、ルール変更だ!」


「え?」


 ユリウスは、俺を指差して宣言した。


「いいか! よく聞け。下賤な庶民がストウン家の長男である俺様より強いなんてことがあってはならないのだ!」


 う、うん。俺もそう思う。


 こればかりは完全同意だ。


「そこでだ。決闘では、魔法の使用を禁止する! これは命令だ。貴様に拒否権はない」


「……ああ」


 え、その程度でいいのか?


「そして、俺様と同じ武器種——剣の使用を義務付ける。そして、貴様が使う剣は訓練用のガラクタだ。ふっ、これでは貴様も本来の実力を出せまい」


 えっ、いや……その程度だとあまり変わらないんじゃ……?


 何なら素手で戦っても拳闘術が使える俺としてはユリウス程度なら勝ててしまうので、これ以上の提案は特にできなかったりはするのだが。


「繰り返すが、貴様に拒否権はない!」


「……わかった」


 俺は、絶望の篭った返事をするしかなかった。

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