第2話:入学試験

 ◇


 月日は流れ、入学試験の日。


 一人で王都にやってきた俺は、初めての異世界の巨大都市にソワソワしつつ試験会場へ向かった。


 なお、合格するつもりはないので試験対策は一切していない。


 親不孝者で本当に悪いな、父さん……母さん。


「エレン・ウォルクスさん……あ、一般枠での受験ですか。じゃあこのバッジを付けて、まずは一次試験の的当て会場へ向かってください」


 片手で雑に黒色のバッジを渡してくる職員。


「えっと……一次試験の会場というのは?」


「分からなければ他の受験生についていけばいいかと」


 ……なんだか、素っ気無い対応だな。


 一般枠での受験だと分かると、露骨に対応が変わった気がする。


 不快ではあるが、むしろこの感じなら無事に不合格になりそうで安心だな。


 俺は職員に言われた通り、他の受験生の後をついていった。


「ここか」


 一次試験の会場は、まるで平原の中のようなだだっ広い校庭だった。


 既にたくさんの受験生が集まっており、あちらこちらで談笑している貴族の姿が見られる。


 嫌でも耳に入ってくる貴族たちの会話から推測するに、受付で渡されるバッジの色は、爵位による家柄で分けられていたらしい。


 金色が公爵、銀色が侯爵と辺境伯、銅色が伯爵、紫色が子爵、赤色が男爵、白色がその他の爵位、黒色が平民……と一目で見分けられるようになっている。


 試験が開始されるまで暇を持て余していると——


「こ、困ります……!」


 近くで騒ぎが起こったようだった。


 何事かと声がした方を見ると、公爵家の男が男爵家の少女の腕を強引に引っ張っている。


 男の方は、いかにもチャラ男といった感じの浅黒い肌をした金髪の薄汚い見た目。男の周りには、取り巻きと思われる侯爵家の貴族たちが二人いるようだ。


 対照的に、少女の方は絶世の美少女だった。艶やかな長い金髪。宝石のように透き通った蒼い瞳。白く細い肢体に絶妙なバランスで存在感を発揮する大きな胸。そして、まるで人形のように整いつつも、可愛らしさを感じる顔。


 ……美女と野獣とはこのことだな。


「な〜にが困りますだって? ストウン家の長男である俺、ユリウス様が妾にしてやると言ってるんだぞ? 光栄に思わんか? あん?」


「ユリウス様に逆らうとは、貴様の家がどうなってもいいんだな⁉︎」


「従っておくのが身のためだぞ!」


 男女の面倒なアレらしい。


 家柄を笠に着て嫌がる女の子をモノにしようしているようだ。


 やれやれ。ロクでもない人間というのはどの世界にもいるんだな。


 貴族が絡む面倒ごとにはなるべく関わりたくないが……さすがに不快すぎる。


 まあ、試験には落ちるつもりで来ているわけだし、別に構わないか。


 俺は、チョンチョンとユリウスの肩を叩いた。


「その辺にしておけ。迷惑な男は嫌われるぞ?」


「あん? 俺に指図するとは何者だ貴様!」


 ガバッと振り返り、俺の胸についたバッジを確認するユリウス。


「って、平民だと⁉︎ 貴様、平民の分際で俺様に指図しようってか?」


 俺の胸ぐらを掴み、凄むユリウス。


「まあまあ、ユリウス様。落ち着いてください。お手が汚れてしまいますよ。庶民はバカなので、身分を弁えられないのでしょう。失礼な庶民に貴族の序列というものを教えて差し上げると良いのでは?」


「なるほど。まあ、そうだな。優しい俺様が教えてやるとしよう」


 俺から手を離したユリウスは、自慢気に解説を始めた。


「いいか? 貴族ってのはな、公爵、侯爵と辺境伯、伯爵、子爵、男爵の順に偉いんだ。そして俺様はストウン公爵家の長男……つまり、王族一家の跡取りということだ。そこの庶民よ、身分の違いがわかったか?」


 えっと……どういう反応をすればいいのだろう。


「そんな一般常識、この世界で生きていれば誰でも知ってると思うが……? で、偉い貴族はどうして下級貴族や庶民を虐めることが正当化されるんだ?」


 すると、また胸ぐらを掴んできた。


「貴様、本物のバカらしいな? 俺を怒らせるとは良い度胸してんじゃねえか……」


「どうも」


「ふん」


 俺から手を離し、取り巻きから渡されたハンカチで手を拭うユリウス。


 そして、気味の悪い笑みを俺に向けた。


「貴様は不合格だ。俺の権力で不合格にしてやる」


「え、そんなことできるのか?」


「ふっ、当たり前だ。俺様は上級貴族だからな。今更理解してももう遅——」


「すっげえ助かる!」


 女の子を助けるために貴族に喧嘩を売り、その結果として不合格にされてしまう……格好のつく完璧なシナリオだ。


 これなら父さんも仕方ないと納得してくれるだろう。


「……えっ、は?」


 俺が思わず感謝を口にすると、ユリウスは虚を突かれた様子。


「ふ、ふん! 強がったところでだな……!」


「えっと、今から職員さんを呼んで来ればいいのか? 気が変わらないうちに早く不合格にしてもらわないとな!」


 ドン引きさせてしまったのか、顔が引きつるユリウス。


「えっと、職員さんは……」


 俺が実際に職員を探しに行こうとすると——


「お、おい! 待て!」


「え? まさか気が変わったとか言わないよな?」


「……貴様は、俺が直々に不合格にしてやる」


「ん?」


「つまり、二次試験の決闘で俺がボコボコにしてやるということだ! おっと、もう棄権はできねえぞ! 覚悟しておけ!」


 ……え?


 不合格になるよう取り計らってくれるのかと期待したのに、結局何もしてくれないのか?


「首を洗って待ってろ」


 ユリウスはこれだけを言い残して、取り巻きとともに去っていったのだった。


 や、やっちまったあああああああ‼︎


 不合格にしてくれることに素直に喜んでしまったせいで、面倒なことになってしまった。


 単に不合格になるだけなら良いのだが、痛いのは勘弁願いたい、


 俺が頭を抱えていると——


「あ、あの……すみません、私のせいで」


「ん? ああ」


 話しかけてきたのは、ユリウスに絡まれていたさっきの美少女だった。


「俺が不快だと思ったから首を突っ込んだだけで、別に君のせいじゃ……えーと?」


「ユリア・シルヴァーネと申します」


「ユリアか。そういうことだから、気にしないでくれ」


 まあ、俺がちょっと痛い思いをする程度のことだ。


 大したことではない。


 ん? おっと、なぜかユリアの顔が赤くなっているぞ?


 どういうことだ?


「か、かっこいいです……!」


「え? 俺が?」


「はい! 下心なく男性に優しくしてもらったのは初めてです」


 生まれてこの方かっこいいなどと言われたはなかったのだが……まあ、森の奥に家族だけで住んでいたから当たり前か。


 おそらくお世辞が入っているが、美少女に褒められて悪い気はしない。


「あの、お名前伺っても……?」


「べつに名乗るほどの者では……」


「私、どうしても気になります!」


 ユリアはグイグイと俺に近づいてくる。顔がかなり近い。


 っていうか、胸が当たってる……!


「あっ……すみません!」


 ユリアも距離が近いことに気がついたらしく、パッと離れた。


 やれやれ。試験を受けに来ただけなのに、俺としたことがドキドキしてしまった。


「……エレン・ウォルクスだ。ただの庶民だから、名前なんて聞いても仕方ないと思うが」


「エレンですね! 試験頑張りましょうね!」


「えっ……あー、そうだな。うん」


「ど、どうかしましたか⁉︎」


 この雰囲気で、合格する気がないなんて言えるわけがない。


 そもそも、ユリウスという貴族は二次試験の決闘で俺をボコボコにすると言っていた。


 あれだけ強気に出るということは腕に自信があるのだろうし、仮に本気でやってもまともな戦いになる気がしない。


 まあ、なるようになるだろう。

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