英雄の隠し子 〜七傑の至宝は、平民に厳しい貴族学院で無自覚に無双する〜
蒼月浩二
第1話:貴族学院
「エレン、お前にはこの家を出てもらおうと思う」
「え……⁉︎」
俺の名前はエレン・ウォルクス。
セントリア王国の辺境グリーンウッドの山奥に住む十五歳のニートだ。
十五年前は日本でブラック企業の社畜をやっていたが、トラックに跳ねられ、気がつけばなぜかこの世界に赤ん坊として転生してしまった。
この世界にはゲームやアニメの世界では定番の剣や魔法という概念があり、人類は魔物や魔族、魔王と敵対しているらしい。
俺の父親、ジーク・ハーフェンは二十年前に魔王軍の幹部魔族を倒した『七傑』と呼ばれる七人で構成された勇者パーティのリーダーだったらしく、セントリア王国の英雄として特別に『英雄爵』という公爵と同等の地位を持つ爵位を与えられたらしい。
その息子として転生したのが、俺というわけだ。
と言っても、俺は第二夫人との間の息子。しかも母さんの『穏やかな環境で子育てをしたい』という要望で、俺は英雄の息子である事実を隠され、辺境の山奥で暮らしている。
お金の面での苦労は皆無。学校へ行く必要も、仕事をする必要もなく、世間様からの期待もない俺は、悠々自適に暮らしていた。
山奥ということで娯楽こそ少ないが、父さんの戦友である七傑たちがお忍びでよく訪ねに来てくれるため、暇を持て余すこともなかった。
七傑は英雄といっても、俺にとっては親戚のおじさんやおばさんのような感覚。剣や魔法を教えてもらい、暇つぶしがてら気ままに鍛錬することが俺のライフワークになっている。
うん、控えめに言って最高の環境だ。
この生活がずっと続くと信じていた俺にとって、父さんからの先ほどの一言は衝撃的だった。
「ど、どういうこと……? 俺に家を出ていけって……?」
「何を驚く必要がある? エレンも今年で十六歳になるだろう。この歳になれば、貴族の息子は王都の貴族学院に通うものだ」
セントリア貴族学院……か。名前は聞いたことがある。貴族向けに建てられた全寮制の学校であり、貴族同士の社交場であると同時に三年間みっちりと厳しい教育が行われているのだとか……。
ここに通えと? うん、普通に無理。嫌すぎる。
「いや、でも俺は……母さんの家名だよ?」
「心配は無用だ。学院には俺から話を通しておく。それに、そろそろエレンも俺の息子だということは世間に公表する時期だと思っていたしな」
……え?
ずっと隠しておくつもりだったんじゃないのか……?
「母さん⁉︎」
父さんの隣に座っている母さんに助け舟を求めた。
だが——
「えっとね……エレンが小さい間だけはのびのび育って欲しいと思っていたの。でもそろそろ良い時期じゃないかしら。それに、エレンもそろそろお友達が欲しくなる年頃でしょ?」
要らないお世話です……。
俺はずっと山奥でニート生活していたいです……。
「うむ。社会性を身につけるためにも学校に通って損はないしな」
父さんがさらに追い打ちをかけてきた。
やばい……このままでは押し切られる。
ど、どうすれば……。
………………。
…………。
……。
あ、そうだ! 良いことを思いついた!
「父さん、一つお願いがあります」
「ん、なんだ?」
「貴族学院の受験はこれからあるよね?」
「ああ。だが、俺の息子だと伝えれば合格は確実——」
「一般枠で受験したいと思ってるんだ」
「な、なんだと⁉︎」
セントリア貴族学院は、貴族のために建てられた学校。だが、実は平民でも入学できる。
入学試験は爵位に応じて下駄を履かせる造りになっているため、合格するにはかなりの優秀な成績を収めなければならないが。
「エレン、一般枠の難易度を分かって言っているのか……? 俺の紹介ならほぼ確実に合格できるが、一般枠だと落ちるかもしれないんだぞ⁉︎」
もちろん理解している。
この学院に入学する学院生の大半は、幼少の頃から優秀な家庭教師の指導を受けたエリート。自由気ままな生活を送ってきた俺が簡単に合格できるわけがない。
だが、それでいいのだ。
不合格になってしまえば、学院に通うことはできない。
つまり、ニート生活を継続できるということだ!
とは言っても、本音は隠して良い息子を演じておく必要はある。
「父さんの紹介で入学できてもズルみたいで嫌なんだ。ズルして入学できても、それに、授業についていけないかもしれないし……。実力さえあれば合格できる学校なんでしょ? なら、俺は正々堂々と勝負したいんだ!」
「う、うむ……なるほど。確かにな……」
「エレンはそんな風に思っていたのね……」
顔を見合わせる父さんと母さん。
父さんは俺のセリフに感銘を受けた様子で、少し目が赤くなっている。
「真っ直ぐに育ったな……さすがは俺の息子だ。いや、母さんの育て方か」
そして、俺の肩にポンと手を置いて言葉を続けた。
「一般枠で合格を勝ち取ってこい。エレンなら絶対できる」
「は、はい……!」
な、なんだか申し訳なくなってくるな……。
この雰囲気で合格する気がないなんて、冗談でも言えない……。
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