第17話同居の理由

 食事が終わると、三人で片づけをした。ダンは普段から親にしつけられているらしく、片付けについては素直に従った。

 無論、レックスにいろいろ言われたせいもあるのかもしれない。

「それじゃあ、俺はそろそろ」

 日没直前の時間になって、レックスは自分の部屋へと戻っていく。

「え? なんでこんな時間?」

 ダンは不思議そうだ。

 部屋には、魔法で既に明かりがともされていて、燃料の節約の為に、夜が早い人間たちの家とは違うことは、ダンにもわかったようだった。

 少なくとも、アガサが森流しに会うほど、魔力がないというわけではないことは、理解したらしい。

「……事情があるの。しばらく一緒に暮らすのだから、一応、説明はしておくわ。少し待って」

 アガサは窓を閉めるために、窓際に寄る。深い森の中にある家だから、本当の意味の地平に日が沈む瞬間は見えない。

 だから、レックスはこの時間、一人で過ごしている。

 人間から、狼になる瞬間を見られたくないらしい。

「なんだよ。もったいぶるのかよ」

 ダンは口を曲げた。

 レックスがいないせいか口調が多少、くだけている。とはいえ、アガサはそれをとがめる気にはならない。ダンの反応はマナリ国では普通のものだし、暴言を吐いているわけではないのだ。親愛の情だと思えば、どうということはない。

 空の茜色が次第に青へと変わっていく。一番星が瞬くのを確認して、アガサは戸締りをした。

「まず、最初に言っておくけれど、何を見てもパニックにはならないで」

「はぁ?」

 ダンは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。

 子ども扱いされたと思ったのか、不機嫌になる。

「その……たぶん、見ると驚くと思うから先に説明すると」

「なんだよ。回りくどいなあ。レックスさんの部屋に何があるって言うんだよ。さっさと開けなよ」

 ダンはイライラして説明を拒む。もともと気が短いのかもしれない。

 アガサはふうっと息を吐いた。

 ダンが驚いて魔法をぶっ放そうとしたところで、それはできない。ダンはアガサと同じ半人前だと言ったが、実は同じではないのだ。未成年のうちは、魔法の媒体がなければ、魔法は使えない。だが、アガサは違う。

 杖を持っていないダンは、あかり一つ灯せないのだから。

「レックス」

 アガサは扉をノックした。

 クゥン

 獣の鳴き声が応える。

「犬?」

「狼よ」

 言いながら、アガサは扉を開く。

「ええええっ!」

 目の前の床に座っている大きな狼の姿に、ダンは後ずさりしながらしりもちをついた。

「大丈夫よ」

 アガサは狼に歩み寄り、その頭をなでる。

「レックスだから」

 アガサは、ダンに微笑みかけた。

「え?」

 ダンは、再び大声で驚きの声を上げる。

「レ、レックスさん?」

 その声に反応して、狼──レックスは頭を下げた。

「最初に言っておくけれども、この姿でも、レックスはレックスよ。言葉は理解できるし、きちんと意識はあるの。ただ、言葉を発することができないだけ」

 アガサはダンを助け起こし、部屋の脇に置かれたソファに座らせた。

「獣人が、獣の形をとることが出来るのは知っているわね?」

 ダンはこくんと頷く。

「レックスは、大怪我をしてから、太陽が沈むと獣の姿になってしまうの」

「どうして?」

 獣人は獣の姿を取ることはあっても、人の姿が本来の姿だ。自らの意志に反して獣になることはないし、そもそも一生獣になることのない獣人もいると、ダンは学校で習ったはずだ。その見解は間違っていない。何しろ、レックス自身がそう言っているのだから。

「なぜかはわからないの。傷は治っているし、他に悪いところは見当たらない。少なくともこのうちにある本では、理由がわからなかった」 

 アガサは苦笑する。

「だから、リュナに頼んでマナリ国の資料をみてもらったりしたの。それでもよくわからないから、獣人国の資料を取り寄せてもらうように頼んだわ。ここにいると、なかなか難しいから」

 この森に一番近いのは人間の街だ。もちろん、人間の街でも資料を手に入れることは可能かもしれないが、アガサには伝手がない。何しろ、あいてはアガサを魔法使いとしか認識できないのだから、重要資料を手に入れるのはとにかく難しいのだ。

「もちろん、獣人の国に帰れば、私より良い医師に出会えるのかもしれない。だけれど、レックスはここに残ることを選んだ。だから私は、彼がなんとか元通り、普通の生活が送れるように治してあげたいと思っている」

 アガサは立ち上がり、そっとレックスの背に触れる。

「レックスは病気なの。この姿になってしまうことは、彼の意志ではどうにもならない。そして、だから私たちは一緒にこの家で暮らしているの」

「……うん」

 ダンは、こくんと頷いた。

「別にバカにしたりしない。かっこいいし」

「え?」

 ダンの反応に、アガサはレックスと顔を見合わす。

「ねえ、僕も触ってもいい?」

 ダンの目がきらきらと輝く。

 大きな狼がレックスであったというショックより、大きな狼に触れたいという気持ちの方が大きいらしい。

 レックスは頷くと、床にぺたんと寝ころんだ。

「いいって」

 アガサがそういうと、ダンはレックスにしがみつき、長い間その毛に体をうずめたのだった。

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