第18話 ラレマートの花

 ラレマートの木は、アガサの家からそれほど遠くない位置に群生している。下枝はほとんどなく、高い位置に枝や葉、花をつけるため、木登りにはあまり向いていない。

 ダンは、首に大きな魔法の発動体をかけ、ほうきにのって、ゆっくりとアガサのあとについてきた。

 レックスは大きなかごをかついで、アガサの横を歩く。

「ラレマートの木は木登りできないと思うから、僕がたくさん採取するよ」

 飛行の魔術が得意だというダンは、胸を張る。

「……今まで、アガサはどうやって採取していたの?」

 レックスが不思議そうに尋ねた。

「風の魔法を使って、枝ごと切落としていたわ。大量にやるわけにはいかないけれど、木のダメージを最低限にして、必要量を取っていたって感じ」

 アガサは肩をすくめる。

「え? 下から?」

 ダンは驚いたようだった。ラレマートの木は高く、地面から枝葉を切り落とすのは、危険を伴うし、魔法の行使も難しい。

「必要なら、そうするしかないから。ただ、まあ、それだと、まず枝から摘みなおしたりとか、枝のあと片付けとかあって、普通の何倍も手間がかかるし、木も可哀そうだから、今日はやらないわ。優秀な魔法使いの卵と、強靭な肉体を持つ獣人さんがいるのだから」

 アガサは微笑む。

 他人に丸投げすると思うと心苦しいが、ここでアガサが意地をはったところで、良い結果にはならない。ずっと頼るわけにはいかないことはわかっているが、頼れるときは頼ったほうがいいということを、レックスと暮らし始めて、アガサは学んだ。

「……アガサはずるい」

 レックスはほんの少し顔を朱に染めて、鼻の頭を掻く。

 その様子を見て、ダンは何事かを感じ取ったらしく、にやりと笑った。

「どうかした?」

 アガサは首を傾げる。

「さすがに何もしないのは申し訳ないから、お茶の用意とかは完璧にしておくわよ? しっかり見守るし」

「別にアガサがさぼっているとは思っていない」

 レックスは慌てて首を振る。

「え? なんでそんな話になっているの?」

 ダンは首を傾げる。

「レックスさんは」

「ダン。余計なことは言わなくていい」

 レックスがじろりとダンの方を睨んだ。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。あれだね」

 いつの間にか、ラレマートの木の群生地に出た。高木なので、枝葉も花もかなり遠い。ただ、花の香りが強いので、咲いていることは間違いなさそうだ。

「じゃあ、僕、行ってくる」

 ぶぉんと音を立て、ダンはほうきを加速させた。

「登れそう?」

「ああ」

 ラレマートの木は、どうみても木登りには向いていない。枝もないし、そもそも、真っすぐに伸びていてとっかかりが少ない。だが、レックスは、手袋をはめると、跳ねるように登っていく。背中には大きなかごを背負っているにもかかわらず、バランスを崩す様子もない。

「……やっぱりすごいわ」

 あっという間に上まで登っていったレックスを見上げながら、アガサは感嘆の声を上げた。

 獣人の身体能力が優れているのは常識だが、レックスの身体能力は常軌を逸している気がしている。アガサは他の獣人に会ったことがないので比べようもないが、文献等から推測するにレックスの能力は英雄クラスのようだ。

 そしてレックスがどこかからとってきた私物はどれも高級品で、意匠がこっている。

 高い教育を受けていたと思われる言動から考えても、少なくとも生活に困ったことのない『貴族』のような立場だったことがうかがえた。もっとも、そんな人間にしては、驚異的に家事スキルが高いのだけれども。

「さて。お茶の用意をしなくちゃ」

 採取は、レックスとダンに任せ、アガサは少し離れた場所に持ってきたピクニックセットを広げ始めた。



 ほうきで上空に上がり、意気揚々とラレマートの白い花を摘もうと手を伸ばした。

 ラレマートの木は登りにくい。いくらレックスが獣人だとしても、今日の主役は、ダンに違いない。

 アガサがいくら魔法に優れていたとしても、空を飛べないのなら、マナリなら半人前の扱いだ。レックスに注意をされて、多少は反省したものの、それでも自分の方が優れているという自負は消えてない。ここで、大量の花を採取できれば、さすがにレックスもダンに一目置くはずだ。

 その時、ふぁさっと木が揺れた。

「へ?」

 木の上部までたどりついたレックスが、ひょいひょいと花を摘んでは、隣の木へと、移り飛んでいるのだ。

 一つの木から摘む花の量を決めているらしく、決して全部をとりつくすことはしない。

「レックスさん?」

 ダンは、黙々と仕事を続けるレックスの傍にほうきを寄せた。

「ああ、ダン。摘んだ花は、俺の背中のかごに入れてくれ」

「あ、は、はい」

 よく見れば、大きなかごを背負ったまま、レックスは木に登っている。そして、空を飛んでいるダンをはるかに上回るスピードで木々の間を飛び回っているのだ。

「獣人って、すごすぎる」

 獣人は存在そのものが魔法のようなものだと、学校で習った時、ダンはとても信じられなかったが、今まさに、魔法そのもののようなレックスの身体能力を見せつけられて、ただただ驚くばかりだ。

──本当にこの人、病気なのかな?

 昨夜見た狼の姿がなければ、レックスが病気だとは全く思わなかっただろう。

──あれはあれで恰好よかったけどなあ。

 威風堂々とした美しい狼の姿を思い出す。その毛は艶やかで、とても気持ちよかった。半人前のアガサの傍で治療法を探す必要が本当にあるのか、ダンにはわからなかった。


※ 次回更新はたぶん、来週の金曜日20時です。

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