第16話飛べないならば

 夕食の時間は日が沈む少し前。

 灯りの燃料代が気になる人間たちならともかく、魔法を使える魔法使いとしては、早い時間であり、それがダンとしては気に入らないようだ。

 むろん、この時間に食べるのは、日が沈むと人の姿をとることのできないレックスのためであって、アガサとダンだけ、もう少し遅い時間に食べてもいいわけだが、レックスと暮らすようになってから、そうすることが当たり前になったアガサとしては、変える必要を感じなかった。アガサが作ることもあるが、食事のほとんどはレックスが作ってくれるのだから、彼と一緒に食事をすることは当然なのだ。

「さあ、座って」

 レックスに促されて、ダンはレックスの隣に座った。

 今日のメニューは、野菜がいっぱい入ったスープと、山鳥のローストだ。それにカリッと焼いたバケットが添えられている。

「すげぇ」

 ダンは目を開いた。

 ちょっとしたレストランで食べるようなごちそうだ。いつもより早い夕食ではあるが、目に見えて、機嫌がよくなった。

 やはり子供だ。

 アガサはほっとして、自分も食事を口にする。レックスが腕によりをかけて作った料理は、相変わらず美味しい。

 窓から差し込む日が、赤い色を帯びているせいか、部屋全体が赤色に染まっている。

「レックス、明日なのだけれど、ラレマートの花の採取を手伝ってくれない?」

 ラレマートの花は、高木で、かなり高いところに花をつける。それほどまでに希少というわけではないが、アガサには採取困難な薬の材料の一つだ。

「あんなの、僕だって簡単に採取できるのに」

 ダンが口をはさむ。

「そうか。アガサは飛べないから、採取できないんだ」

 納得したようにダンが呟く。

「おい。なぜ、アガサを呼び捨てにする」

 レックスが眉をあげた。

「あんただって、そうじゃん」

 ダンはムッとしたようにレックスを見返した。

「飛べないってことは、アガサはまだ半人前。つまり僕と同じってことだ」

「は?」

 ダンの理論がレックスには理解できないようだ。

 マナリ国において、一人前になるということは試験に合格することだ。増して森流しのように森で生きているアガサは、彼にとって尊敬する大人とはいえないのだろう。

「レックス、いいの。マナリ国では、そういうものだから」

 半人前がどのようにみられるか。魔力のないものがどのようにみられるか。それが、正しいことではないにせよ、それが常識なのだ。

「ここはマナリじゃない」

 レックスは低い声できっぱりと言った。

「食べることと、雨風をしのげる場所を提供してもらったら、相手がどんな相手であろうと、感謝するのがあたりまえだ。それができないのなら俺は君を尊重するつもりはない」

「レックス」

「そもそも俺は魔法使いじゃない。君らのように魔法は使えない。だからその価値観は共有できない」

 レックスはダンを睨みつけ、目を離さない。冗談を言っている目でない。

「悪かったよ」

 ダンはそっと頭を下げた。

 

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