クラーケンのマリネ

第13話 おさななじみ

 空の青が濃く、眩しい季節がやってきた。

 レックスは相変わらずアガサの家にいて、最近では、アガサもそれが当たり前のように思えてきた。

 今でも、いつかレックスが出ていく日がくることの覚悟はしているものの、すぐに出て行って欲しいと急き立てることはなくなった。森の生活は男手があるととてもありがたいこともあるし、なにしろ、レックスの家事の技能はアガサをはるかに上回る。掃除にしろ、料理にしろ、とにかく完璧なのだ。

 正直な話、一緒に暮らしはじめて、アガサの生活水準はかなりあがっている。もとの生活に戻るには、かなり覚悟も必要になってきた。

「アガサ、お客さんみたいだ」

 庭の手入れをしていたレックスが部屋の中にいたアガサに声をかけてきた。

「すぐいくわ」

 今日は、アガサの幼馴染のリュナが子供を連れて訪ねてくると手紙できている。

 アガサは、慌てて外に出た。上空からほうきに乗った人物が二人舞い降りてくる。

「リュナ!」

 アガサはほうきから降りた人物に駆け寄った。長い金髪をした、美しい女性だ。アガサの記憶より、少し年を重ねたせいか落ち着きを感じさせる。

「アガサ」

 二人は抱き合うと、しばらくそのまま動かなかった。

「……母さん?」

 リュナと同じ金髪の少年が呆れたような声を出す。

 今年十二歳になる、リュナの子供だ。賢そうな顔をしているが、生意気そうでもある。

「ああ、ごめん。アガサ、この子が預かって欲しい、私の子供のダンよ」

「こんにちは。アガサよ」

 アガサが微笑みかけると、リュナはダンの頭を手で強引に下げさせた。

「アガサ、中に入ってもらったら?」

 レックスが脇から声をかけた。

「あら、そちらのかたは?」

 見たことのない男性の姿にきづいて、リュナは目をぱちくりさせた。

「俺は、この家の居候でレックスと言います」

「居候?」

「まあ、いろいろあってね」

 首を傾げるリュナにアガサは軽く肩をすぼめた。


 部屋に入ると、レックスが冷たいハーブティと焼きたてのクッキーでもてなした。

 リュナはアガサの故郷、マナリ国に住んでおり、魔法使い達の学校の教師をしているらしい。らしい、というのは、アガサは故郷に帰っていないから、本当のところはよく知らないのだ。

「それで、昇級試験の間、預かればいいのね?」

「ええ。そうなの。親族の誰も預けられなくて、勝手を言ってごめんね」

 リュナは頭を下げる。

「しょうがないわよ。リュナの家は、親族そろって試験の関係者だもの」

「……昇級試験?」

 レックスは首を傾げた。

「魔法使いにもランクがあるのよ」

 アガサが解説する。ランクが高ければ高いほど、要職につくことができるのだ。

「そういうの、アガサは受けなくていいの?」

「私は、もうとっくにそういうのはあきらめて受けていないわ」

 アガサは苦笑した。

「……アガサがその気になれば」

「リュナ」

 何か言いかけたリュナをアガサは制した。

「もういいの。マナリに戻ることはないのだから」

 アガサは俯いて首を振った。

 

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