第12話 花

 黒いフードの胸元に蝶のブローチをつけたアガサは、とてもうれしそうで、笑みがこぼれている。

 買い出しの荷物を抱えながら、レックスは少しだけ複雑な想いを抱く。

 失くしたというブローチはアガサにとって随分と大切なものだったようだ。いったい、いつ、どうやって手に入れて、どうやって失くしたものなのか、アガサはレックスに話す気はないらしい。

 聞いたら話してくれるのかもしれないが、それはためらわれた。

 おそらくは、アガサにとって幸せで大切な思い出だ。

 アガサから話してくれるならともかく、詮索するのは、よろしくない。 

 ただ、アクセサリーは男性に贈られることも多いものだ。そのことに気づいたレックスは胸がもやもやする。

 アガサは美しい。今はいないようだが、過去に恋人がいたとしてもおかしくはない。

「どうしたの?」

 黙り込んでいたレックスを不思議に思ったかのように、アガサが話しかけてきた。

「なんでもない。たまには、お酒を飲みたいなあって」

 レックスはあわてて、目の前の店に目をやって、答える。

「そう。好きなのを選ぶといいわ。私はお酒は全く分からないから」

「飲めないの?」

「飲んだことがないの。だからわからないわ」

 アガサは首を振る。

 料理には使うから、酒を買わないわけではないが、飲むために買ったことがないらしい。

「そうなんだ」

 レックスの住んでいた獣人の国では、酒は浴びるように飲むのが当たり前で、下戸はほぼいない。

 食事の時に酒を嗜むのは当たり前なのだ。

「私は、お酒をまだ飲めない頃に、国を出たの」

 アガサは苦笑する。

 酒の味を知る前に、森の暮らしを始めたアガサは、特に飲酒に興味がなかった。

「……じゃあ、やめておいたほうがいい?」

「別に。飲みたいなら飲めばいいわ。主義主張で飲まないわけではないもの。飲むという発想がなかっただけ」

「わかった。じゃあ、買ってくる」

 レックスはアガサに待っているように言って、飲みやすそうなお酒を選んだ。

 酒屋を出ると、アガサが、小さい女の子から花を買っていた。小さな野花を摘んだ花束で、珍しくもなんともないが、花を売る少女はそれを糧にしている。

「アガサ」

 レックスが声をかけると、花束を渡そうとしていた少女が顔を輝かせた。

「魔法使いさまは、アガサって名前なの? とても素敵な名前ね」

「……そうかしら」

 花束を受け取りながら、アガサは困惑した顔をする。

「お花、買ってくれてありがとう。あたしは、リサ。また、会えるといいな、アガサさん」

 少女は、そう言って去っていた。

「……どうせ明日には……」

 少女の背を見送りながら、アガサ何事かを呟く。

「アガサ?」

 何を言ったのか聞き取れず、レックスは聞き返した。

「なんでもないわ」

 アガサは首を振ってそれから黙り込んだ。その横顔はとても寂しそうだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る