第11話村
ポポリ草の採取から帰ってきて、十日ほどたった、晴天の日に、アガサとレックスは森の外にある人間の村にやってきた。
アガサの話では、人間の多く住む大きな帝国の辺境の村らしいが、レックスの見たところ、かなり賑わっている。
村のちょうど真ん中にある広場には、市が並んでいて、人通りも激しい。
仕事があるというアガサと離れて、レックスは衣料品を買いそろえるため、古着屋を回った。
故国を着の身着のまま飛び出して来たレックスは、アガサの家に置いてあったアガサの師匠の服と、もともと着ていた服を着まわしているが、かなり無理がある。これから夏にかけて着る服を調達しなければいけない。
相変わらずアガサは、外出するとなると、レックスに荷物を全部持ってくるようにと言って譲らないため、服を購入したころには、かなりの大荷物になっていた。
大荷物を抱えて、待ち合わせ場所に行くと、すでにアガサは用事をおえたらしく、すでに待っていた。
「魔法使いさま、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
このアガサは黒のフードを目深にかぶって歩いているが、それでも村人たちが挨拶をしていく。
アガサは、この村の人間を相手に、長い間商売をしていると聞いている。だから、知人が多くても不思議はない。
「アガサ」
レックスが声をかけると、アガサはピクリと体を震わせた。どうやら、驚かせてしまったらしい。
「ごめん。ちょっと声が大きかった?」
レックスが頭を下げると、アガサは首を振った。
「いいえ。名前を呼ばれてびっくりしただけ」
アガサは、ふっと寂しげに笑う。
どういう意味なのか、レックスは思わず首を傾げる。
「買い物は終わった?」
「ああ。思った以上にいいものがあったよ」
レックスは背中に背負った袋をポンと叩いて見せた。
「そう。じゃあ、あと少し必要なものを買って帰りましょうか」
アガサは微笑むと、歩き始めた。
「あら、魔法使いさま。ご機嫌いかがですか?」
「ええ。リンドル夫人、おかげさまで」
女性がまた、アガサに声をかける。だがそれだけだ。
レックスは不思議な感じを受けた。もちろん、レックスがそばにいるのだから、呼び止めて世間話をするのは、難しいのかもしれないが、挨拶以外の話をする気は、アガサにも、相手にもないように見える。
──魔法使いさま?
レックスは違和感の正体に気づく。
アガサが名を呼んでいるのだから、それなりに親しい間柄のはずだ。それなのに、挨拶を交わす相手は、必ずアガサを『魔法使い』と呼ぶ。まるで、アガサの名前を知らないかのようだ。
──そういえば、初めての時、名前を言いたくなさそうだった。
レックスが懇願しなければ、アガサは『魔法使い』としか名乗らなかったかもしれない。
そんな風に考えながら歩いていると、アガサの足が、露店の前で止まっていた。よく見ると、アクセサリーを扱っているようだ。
「アガサ?」
アガサは、緑色の石がついた、蝶のブローチに見入っている。可愛くて、気に入った、というよりは、もっと強く惹かれているように見える。
「すみません。これを下さい」
レックスは蝶のブローチを手に取って、代金を払った。
「はい」
「え?」
「気に入ったのだろう? 受け取って」
「ありがとう」
レックスの差し出したブローチをアガサは受け取り、懐かしそうにブローチをそっと撫でた。
「実は、昔なくしてしまったブローチにそっくりだったの」
「思い出深いものなんだね」
おそらくアガサの思い出の品は、これとは違うだろう。
「そうなの。本当にありがとう」
アガサは、ブローチを大事そうに胸に抱いた。
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