第14話ダン

「母さんの友達って、やっぱり、ブスのばばあじゃん」

 ソファの対面からアガサの顔をずっとみていたダンが不満そうに呟いた。どうやら、美人だと聞いていたようだ。

「は? あんた、何言ってるの! 謝りなさい。ごめん、アガサ」

 ダンの隣に座っていたリュナは息子の頭をぎゅっと押さえつけた。そのあまりの力に、ダンはじたばたと抵抗する。リュナは体術にも優れているのだ。十二歳の息子にも容赦は無い。

「いてぇ……ご、ごめんよぅ」

 ダンは泣きそうな顔で謝った。反省したというよりは、母親が怖かったのだろう。

「いいのよ、リュナ。この子から見たら、仕方ないわ」

 アガサは苦笑する。アガサは三十代。十二歳のダンからみれば、ばばあと思われても仕方がない。

「何言っているのよ。アガサは昔から綺麗よ。それになんだか前より綺麗になっていると思うわ」

 リュナは口をとがらせ、抗議する。

「そんな風に褒めても何も出ないわよ。森には誰も来ないもの。森の魔法使いが美人である必要もないし」

 アガサはあまり自分が綺麗だとは思ったことがない。そもそも美容よりも、仕事という性格であるし、こんな田舎では流行の格好などしようと思ったところでできないのだ。

 マナリ国の都市生まれのダンからみれば、綺麗だと感じる要素はゼロに違いない。

 面と向かって罵ることはマナー違反だが、ダンがアガサを『ブスのばばあ』と言いたくなった気持ちはわかる。

「アガサは綺麗だ」

 アガサの隣に座っていたレックスがダンを睨むように断言した。いつもは穏やかなレックスにしては険しい表情だ。

「よくみてほしい。こんなに顔の造形が整っている女性はそうはいない。年が離れているからとはいえ、それがわからないなら、君の美的感覚はおかしい」

「ちょっと、レックス」

 アガサは戸惑う。

 そもそも、ダンの年で、女性に息を吐くように美辞麗句を言えるわけがない。むしろその方が心配だ。しかもアガサの容姿のことでそこまで言うことはない。

「そもそも、これから世話になる女性に対して、そんな感想を口にするのは失礼極まりない。君はそんな簡単なこともわからないのかい?」

「そうね。本当、しつけが行き届いていなくてごめんなさい。恥ずかしいわ」

 リュナはレックスに頭を下げる。

 ダンはといえば、神妙な顔をしているが、それは母親が怖いのだろ。反省はしていないのはまるわかりだが、アガサはそれを指摘するつもりはなかった。

「リュナ、いいのよ。レックスのそのくらいにして」

 アガサは二人に割って入る。

「こんなことでもめても嬉しくないわ。リュナも忙しいのだから、あとは私に任せて」

「ごめん。もっとちゃんと言い聞かせてくればよかった」

 リュナはため息をついた。

「ダン、アガサの言うことをきちんと聞くのよ。アガサは優秀な魔法使いなのだから」

 え? という顔でダンが顔を上げる。

「リュナ。もうやめて……ありがとう。ダン、しばらくの間、よろしくね」

 アガサはリュナを制すると、ダンに微笑んだ。

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