いつか私が知るべきこと

白夏緑自

第1話

 お姉ちゃんが死んだ。

 私が修学旅行へ行っている間に、トラックとビルの壁に挟まれて死んでしまったらしい。お祖父ちゃんからそう説明されても、いまいち実感が湧いてこない。たぶん、死体をまだ見ていないからだ。見るな、とも言われている。


「17の小娘が見るべきものではない」

 普段は優しいお祖父ちゃんも、時々ビックリするぐらい激しい物言いをする。

 私の両親について訊くと、いつもそんな感じだ。

 私とお姉ちゃんのお母さんは、私を産んだときにそのまま死んだらしい。遺影も残っていないから、たぶん、ロクでもない関係だったはずだ。

 お父さんも、私が物心つく前に、後を追うように死んだ。死因は聞いていないが、自殺だったのだろう。誰も、お父さんの死因に触れようとしないのが却って疑惑を核心へ固めている。


 お父さんの死から、私の家族はお祖父ちゃんとお姉ちゃんだけだった。寂しくはなかった。お祖父ちゃんの周りにはいつも人がいたし、16歳も離れたお姉ちゃんは私に優しくしてくれた。仕事を始めても、中学生になるまでは必ずご飯を一緒に食べてくれたから。


 私の家族は、私が知らぬ間に死んでいく。そんな星の元に生まれたのだろう。

 お姉ちゃんの訃報が届いたのも、帰りの飛行機から降りて、スマートフォンに電源を入れてからだ。溜まりに溜まった不在着信と留守番電話を無視して、一番上の着信履歴へかけるとお姉ちゃんの秘書さんが出た。

 

 開口一番「葵様──お姉さまがお亡くなりになりました」。時差ボケで靄がかった脳が一気に晴れ渡った。タクシーに乗り込む前に受けた風は奇妙なほどに気持ちがよかった。


「最後の会話を覚えておいでですか?」

 式を終え、火葬場で順番を待っている間、お姉ちゃんの秘書の工藤さんが声をかけてくる。なんだかんだと、私もこの人とは付き合いが長い。お姉ちゃんにはできない相談を頼んだこともある。


「覚えています」

 最後の会話が何でもない日常の一幕であったら、きっと忘れていただろう。天気の話なんてしていたら、数日前の天気を調べて会話を再現するしかなかった。

 だけど──。


「ケンカしたんです。しょーもないことで」

「それは、」

「進路のことですよ。修学旅行の出発の日だって言うのに。私の志望校にケチをつけてきたんです。それから言い合いになっちゃって」

「そのまま出てしまった、と」

「はい。捨て台詞、まだ覚えてます。親みたいに口出ししないで。ありきたり過ぎて、笑っちゃいますよね? 親との関係だって、ロクに知らないくせに。私が言えたことじゃないのに……」

 お姉ちゃんからすれば、年の離れた妹だ。そりゃあ、“普通”よりも気に掛けるだろうに。

 

 まだ、お姉ちゃんが死んだって、実感は湧いてこない。死体を見ていないから。眼球の奥が熱を持っても、流れはしない。瞼を閉じても、滲み出てもこない。

 姉不孝とは、このことか。


 膝の上、棺に入れることが出来なかった、お土産のぬいぐるみが乗せた私の手に、悲しんでいるように見えたのか、工藤さんが私の手にそっと触れた。

 温かい指の腹が、私の指に触れて、ささくれが痛んだ。


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いつか私が知るべきこと 白夏緑自 @kinpatu-osi

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