第9話 新たな剣は激ヤバ神器→

 ベルヴィオに来た日の晩、僕達はとある宿の一室に集まってた。


「わざわざ宿まで取ってくれてありがとう。本当に助かるよ」

「私にできることなら何でもします! 皆さんのおかげで、ゴブリンロードの討伐報酬ももらえましたし、これくらいは当然ですよ!」


 部屋を用意してくれたのは、他ならないコートニーだ。


「それに、アクラさんがオーガスタスをやっつけてくれたのは……正直、とっても嬉しかったです! 私、いつもあの人達にいじめられてましたから……」


 コートニーの笑顔が、不意にかげった。


「……でも、オーガスタスの言ってることも、間違いじゃないんです。私、受付嬢さんも言ってましたけど、モンスターの討伐クエストに成功したことがないんです」


 そんな僕達の前で、彼女はぽつりと想いをこぼしてゆく。


「いつかは立派な冒険者に、って思ってたのに、ゴブリンやスライムを見ると、怖くて仕方なくって……バカにされるのも、当然ですよね。あはは……」

「オーガスタスの悪口なんて、気にしなくていいと思うよ」

「そうそう! あーゆーのは無視しとけしーっ☆」

「……でも……」


 やっぱり、コートニーは自分が思っているよりも優しくて、素敵な女の子だ。

 僕より年上のはずなのに、けなげで、なんだか守ってあげたくなる。

 もっともっと、頑張ってほしいって思えてくる。


「そうだ、コートニー。確か、折れた剣の代用品をまだ買ってなかったよね?」


 だからかな――僕がとっておきのプレゼントをしたくなったのは。


「あ、そうですね……」

「ちょうど僕が余らせてる武器があるから、よかったらもらってくれないかな?」


 ちょっぴり困った顔で、まだ折れた剣を差したままの鞘をさするコートニーの前で、僕は72枚もの霊符を取り出して空中で円を描く。


「『太上神仙たいじょうしんせん鎮宅霊符ちんたくれいふ』、異界結界『七十二室ななじゅうにしつ』」


 すると、円の中心の空間がぼんやりと歪んで、黒く染まった。

 これは異空間を作り出す呪符の結界……分かりやすく言うと、ゲームによくあるアイテムボックスのようなものかな。

 僕は封印した武器や神器、その他諸々を全部この中に封印してるんだ。


「はえー、なんだか厳重に保管してあるんですね……それも、ユーリさんのスキルですか?」

「そんなところかな。はい、どうぞ」


 僕がコートニーに手渡したのは、鞘のない両刃の剣。


「刃にヘンな文字が書かれてまるけど、凄くきれいで、鋭くて……高級そうな剣なのに、本当にもらっちゃっていいんですか?」


 黒くきらめく刃に刻まれた文字――『カーン』の意味と力を込めた梵字ぼんじ真言しんごんに気付くなんて、コートニーはけっこう目の付けどころがいいね。

 そう。彼女に渡した剣は、そんじょそこらで手に入るものじゃない。


「もちろん。『俱利伽羅剣くりからけん』は、君のものだよ」


 なんせそれは、正真正銘、本物の倶利伽羅剣。

 かの『不動明王ふどうみょうおう』が右手に持ち、燃え盛る黒い竜『倶利伽羅龍王りゅうおう』の力であらゆる邪を焼き尽くしたとされる、最強クラスの神器だからね。


「は、ちょ、えぇっ!? ユーリ、それは流石にわりガチヤバ案件じゃね!?」


 アクラがひっくり返るけど、コートニーへのプレゼントを引っ込めるつもりはないよ。

 この剣を僕が持てあましてるってのは事実だし。


「コートニー、君ならきっとこの剣を使いこなせる。もらってくれると嬉しいな」

「何から何まで……こんな私に……」


 でも、異世界ならきっと使い道がある。それなら僕は、彼女に使ってほしい。


「……あ、あの、私、冒険者の先輩として、皆さんの役に立てるよう頑張ります! だから、ええと、その……」


 剣の柄をぎゅっと握り締め、コートニーは目に涙をためて僕を見た。


「明日からもよろしくね、コートニー!」


 僕が笑いかけると、彼女の涙も引っ込み、代わりに満面の笑顔を見せてくれた。


「は、はいっ! それじゃあ、おやすみなさい!」


 赤毛を揺らし、大きくぺこりと頭を下げた彼女は、今度こそ部屋を出て行った。

 妙な静けさが残る部屋の中で、口を開いたのはアクラだ。


「……ユーリ、本当にいいの?」

「なにが?」

「コトぽよに渡したのって、ユーリが結界で封印してた、マジの俱利伽羅剣っしょ? 三毒を滅するガチのを渡すとかヤバくね?」


 Q.三毒って何?

 A.欲・怒り・無知のこと。


「僕だって、コートニーに危険が及ぶと分かったら、渡すのをやめてたよ」


 本当の話をすると、俱利伽羅剣にはがある。

 不動明王の分身ともいえる剣は、自らがきよい心を持たない人間の手に渡るのをこばむ。

 邪悪な存在であるならば、触れようとした者を黒い炎で焼き尽くす。

 ところが、コートニーは柄をすんなりと握れた。


「剣はあの子を拒まなかった。その意味は、分かるよね?」


 俱利伽羅剣は、コートニーが主にふさわしいと判断した。

 何のとりえもないと言われた彼女が、己を握るに値すると武器に認められたんだ。


「あーね……ちょいちょい、コートニーってまさか!?」


 アクラが口をあんぐりと開けた。

 うんうん、やっと気づいたみたいだね。


「その通り。僕の見立てが正しければ、コートニーは才能ナシどころか――」


 ベッドに腰かけて、金色の髪を掻きながら、僕は笑った。


「――神器に認められる、天賦の才の持ち主さ」


 人知超越の鬼が驚いているのが、僕にはおかしくてたまらなかった。

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