第7話 強面の厄介者

「あ、オーガスタスさん……」


 受付嬢が困った視線を向ける先には、扉を乱暴に開ける冒険者達がいた。

 男が3人、女がひとり。

 男は屈強でいかつい顔つきばかり、女は狐のように目が細く、ゴテゴテした装飾品を身につけている。悪党を絵に描いたら、きっとこんな連中だろうね。

 中でも一番がたいが良く、獣の皮を首に巻いたスキンヘッドの男は、コートニーを見るなりどかどかと近づいてきた。


「おいおいおい、グリムゥ! 俺が渡してやったゴブリンロードの討伐クエストを、テメェみたいな、何のとりえもないチビが達成したなんて冗談だよなァ!」

「うう、それは……」


 額を小突かれたコートニーだけど、抵抗はできないみたい。

 なんせ、デコピンひとつでよろめいてしまうくらい、力の差があるんだから。


「どうせ死ぬだろうとは思ってたけどよォ、まさか戻ってくるとはな、がはは!」


 しかもオーガスタスとやらは、彼女に無茶なクエストを受注させた張本人みたいだ。

 受付嬢が言っていたってのは、こういう意味か。


「コートニーが断れないって分かって、クエストを受けさせたのかい?」

「ショージキ、あたしドン引きなんですケド」


 僕やアクラとしては、いたずらに人の命を奪おうとするなんて許せないね。


「背がない相手に無茶をさせるなんて、悪趣味だよ。僕はそういうの、嫌いだな」

「勝手に受けたのはこのガキだろうが、あァ?」


 僕が口を挟むと、オーガスタスがこっちを睨んだ。


「で、だ。お前ら、さっき自分達も冒険者になれないか、なんてぬかしてたみてえだな?」

「ああ、冒険者の資格が欲しいと思ってるよ。それが、どうかしたの?」


 彼らは少しだけ、わざとらしくきょとんとする。


「「ぎゃーはっはっはっはっ! だははははーっ!」」


 そして顔を見合わせて、腹がよじれるんじゃないかってくらい大笑いした。


「やめとけやめとけ、俺達にケンカで勝てるくらいの実力がなきゃあ、モンスターに食われちまうのがオチだぜ!」

「そうそう、夢見てないで孤児院にでも入れてもらいなさい!」


 そうは言うけど、周りの人は彼らの罵倒ばとうを聞いても同調しないし、誰もいい顔をしていない。

 オーガスタスを含めて、彼らは明らかに嫌われ者だね。


「つーか、俺はテメェみたいなすかしたガキが心底嫌いなんだよ」

「僕も、君のことは好きになれそうにないよ」

「ハッ、態度だけは一丁前だな! そのおすまし顔にパンチを叩き込んで泣かせてやるのは、気分がいい――」


 パキポキと指を鳴らして、オーガスタスは僕に向かって手を伸ばしてきた。

 陰陽道の呪術で腕を斬り落としてやろうかと思ったけど、その必要はないみたい。


 ――オーガスタスが伸ばした手を、アクラが掴んだから。


「……あ?」

「あたしのご主人サマに手ェ出すのを、許すとおもったワケ?」


 睨む彼を、アクラが凄まじい眼光と共に睨み返す。

 黒の髪が怒りで揺れて、手の先が黒く染まってるのはキレてる証拠だ。

 主人を想って怒ってくれるのは嬉しいけど、鬼の凶暴さを知ってる以上、素直には喜べないかも――町が吹っ飛ぶんじゃないかと思うと、ね。


「……許さねえなら、どうするつもりだァ?」


 みしみし、と掴まれた腕から聞こえてくる音を骨でも感じ取ったのか、オーガスタスの額から一筋の汗が流れたのと同時に、彼は手をばっと離した。

 そして強がるように鼻を鳴らす彼に対して、アクラの目の黒点がきゅっと細くなった。


「ブッ潰す☆ ご主人をブジョクしたんだし、ただで済むと思うなよ☆」


 つまり、彼女は僕の代わりに力を示してくれるってわけか。

 本当は僕がてきとうに手足のどちらかをもいでやるか、呪術で半年くらい原因不明の激痛を与えるつもりだったけど、これは嬉しい誤算だね。

 町の冒険者に、僕の力を隠しながら、僕の力を見せつけるチャンスだ。


「アクラ、暴れすぎて町を壊さないようにね」

「おけまる水産~☆」


 僕がそう言うと、アクラがウインクしてくれた。


「要するに、このオーガスタス様とパーティーメンバーに、喧嘩を吹っかけてるってわけだな? 俺達がベルヴィオで一番強い冒険者だって知ってるんだよなァ?」


 さて、放っておかれているオーガスタスや彼の仲間の苛立ちは限界に達しているらしい。


「は? 町で一番バカの間違いっしょ?」


 そこにアクラが追い打ちをかけると、彼らの怒りは臨界点をあっさり突破した。


「上等だコラァ! お望み通り、喧嘩なら買ってやるよ!」

「表に出やがれ、ブチ殺してやる!」


 扉を蹴破り、オーガスタスとパーティーメンバーが外に出る。


「受付嬢ォ! もし、万が一、ありえねえが、こいつが俺達に勝ったら冒険者登録でも何でもさせてやれ、いいな!?」

「え!? あ、は、はい……」


 しかもおまけに、彼らはこっちに有利な条件を付けてくれた。

 相当自分達の腕に自信があるのか、それとも我を忘れているのか、どちらもか。

 ますます都合がいいと内心喜んでいる僕の隣で、コートニーは歯をがちがちと震わせながら目の前の光景を見つめていた。


「まずいです、まずいですよ~っ!」


 ああ、そうか。普通のリアクションはこうだよね。


「オーガスタス達は本当に、ベルヴィオで一番強いんです! しかも自警団も敵わないくらい乱暴だし、このままじゃさんとアクラさんがひどい目に……!」


 受付嬢や、さっきまで笑っていた他の冒険者も同じように思ってるみたい。

 僕はというと、アクラがやられるわけがないって確信してる。


「ううん、あの連中をやっつけて冒険者に認められるなら、話が早い」

「で、でもぉ……」

「安心して、アクラは強いから!」


 むしろ、僕は外に出た冒険者達に同情するよ。

 なんせ彼らがこれから相手するのは、人間でもモンスターでもない。

 常識なんかじゃ測れない、という名のなんだから。


「特に、鬼らしく――興奮してる時は、なおさらね!」


 僕は意地の悪い笑みを浮かべて、不安そうなコートニーを連れて行くように外に出た。

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