第6話 時計台の町、ベルヴィオ

 コートニーを助けた森からベルヴィオまでは、そう遠くなかった。

 平らにならされた道を馬車に揺れているうち、町の象徴である時計台が視界に入ってきた。


 そのままベルヴィオと平原をつなぐ吊り橋を渡り、馬車を下りて冒険者ギルドに向かう。

 のどかなファンタジーの田舎町といった雰囲気で、人通りは思ったよりも多い。

 商人や屈強な戦士、どこかあやしげな薬屋といった人が行き交うのを見るのは楽しいな。

 着物を羽織る貴族の子供と、黒髪美人のギャルメイドのコンビが少し目立つのは、この際仕方ないと思っておこう。


 ああ、それと、コートニーの調子はすっかり明るくなっていた。

 彼女から聞いた話で興味深かったのは、ジョブやスキルを調べる手段があるというもの。

 聞けば、【鑑定士】が使える『鑑定』スキルとか、ステータスボードと呼ばれるアイテムに触れれば、自分のジョブが分かるみたい。

 注意すべき点は、これらが覚醒したジョブしか認識しないというところ。

 僕は何のジョブにも目覚めていないというだから、これをごまかす手段は考えておかないと、厄介ごとに巻き込まれちゃうかも。


「そういえば冒険者にはですね、等級が……あ、つきましたよ!」


 終始明るく話してくれたコートニーが指さしたのは、小さな建物。

 どうやらあれが、冒険者ギルド……え、本当にギルド?

 喫茶店ほどの大きさだけど?


「思っていたよりも、小さいね?」

「ベルヴィオくらいの町だと、これくらいでちょうどいいんです!」


 コートニーは大げさに頷いて、ギルドの扉を開けた。

 彼女と似たような衣服をまとう冒険者達に、カウンターと受付嬢、たくさんの紙を貼り付けたボードが吊り下げられた光景。

 意外にも、まさしく想像していた通りの冒険者ギルドだ。


「おいおい、コートニーが帰ってきたぞ!」

「ウソでしょ……ゴブリンロードの討伐に行ったんじゃないの……?」


 ただ、穏やかな雰囲気のギルドなのに、彼女が入ってきただけでピリリと緊張が奔った。

 まるで、彼女が帰ってきたことそのものに驚いているようだ。

 こんなリアクションを取る理由は、僕にもアクラにもひとつしか思い浮かばない。


「あー、ユーリ? コートニーちんが帰ってくるの、誰も予想してなかったんじゃね?」

「かもね。ゴブリンロードが強いのか、コートニーの評価が低いのか、どっちかな」


 あの程度なら、どこぞの鬼の方がよっぽど強いんだけれども。

 そう思う一方で、コートニーはカウンターの奥の受付嬢に声をかけていた。


「コートニーさん!? 無事に帰ってこられたんですね!」

「はい、おかげさまで!」


 にっこりと笑う彼女とは裏腹に、受付嬢の顔はたちまち険しくなった。


「おかげさまで、だなんて! いつも採取クエストばかりで、たまの討伐クエストは全部失敗してるのに、無茶しないでください!」

「うっ……」

「ゴブリンロードを討伐するなんて言った時は、正気を疑いましたよ! 私に拒否権はないんですから、ああいうはあなたの方から断るべきです!」


 要求、ねえ。

 どうやら今回の討伐クエストは、コートニーの意志だけによる決定じゃないっぽい。


「それで、無事に討伐したんですか、それとも逃げ帰ってきたんですか?」


 詳しい事情を聞くより先に、たちまち困り顔になった彼女が僕に視線を投げかけてきた。


「え、ええと……討伐、したのはしたんですが……」

「討伐したのは僕達だよ。彼女が死にかけていたから、助けたんだ」


 僕がそう告げると、あたりが少しざわついた。

 ゴブリンを倒しただけなのに、随分と大げさじゃないかな?


「失礼ですが、あなたは?」

「ユーリ・アシュクロフト。こっちは僕の付き人のアクラ」


 紹介されたアクラが、逆ピースでポーズを決める。


「なんだありゃ、子供か?」

「あんな派手なメイドがいるかよ?」


 僕はともかく、メイド服のアクラは流石に目立つね。


「アシュクロフトというと、伯爵家の……」

「掟で追放されてる。今は、ただのしがない冒険者志望だよ」

「つまり、冒険者資格を持っていないあなたが、冒険者であるコートニーさんの討伐対象であるゴブリンロードを倒してしまったんですね?」

「そうなるね」


 なるほど、と納得した様子の受付嬢は、僕に毅然きぜんとした態度で言った。


「……コートニーさんを助けてくださって、ありがとうございます。ですが、冒険者資格のない方による補助とクエスト達成は、申し訳ありませんが無効となります」

「そ、そんなぁ~っ!」


 コートニーは顔に両手を当てて声を上げたけど、僕にとっては想定の範囲内だ。

 むしろ、ここからの提案が通るか否かが本題だよ。


「僕が冒険者の資格を得れば、彼女の功績として認められないかな?」


 受付嬢の僕を見る目が、明らかに変わった。

 ただの子供ではなく、ギルドが仕事を任せるに足る人物かを見定める目だ。


「確かに、報酬をすべてコートニーさんが受け取るという条件付きであれば、あなたが冒険者の資格を得る前提で認められます。ですが……」


 彼女のような視線に僕は覚えがある。

 初めて鬼の調伏や神器の封印に立ち会った政府高官の、「こんな子供に何ができるのか」と言いたげな視線にそっくりだ。

 あれ、結構ショックなんだよなあ。

 調伏に成功した時の「なんかすいませんでした」って態度も気まずいし。


「ええと、冒険者は危険な仕事ですよ? ジョブはお持ちですか、戦闘経験は?」

「ジョブは……ない、かな」

「そうですか。その年で冒険者になるのは、お勧めできません」


 そして今回も同じで、受付嬢は僕が冒険者にはなれないと判断した。

 15歳の貴族の子供といえば頼りない印象だろうし、そんなのを冒険者にした次の日に死にました、なんて言った日には、ギルドの信頼を損なっちゃうよ。


「まー、ユーリって事情を知らなかったらただの貴族のお坊ちゃまだもんね。もっとこうさ、目を吊り上げて、いつでもやる気だぞってアピールしないとー☆」


 ため息をつくのそばで、アクラが急に僕の目の端を指で引っ張った。


「ちょ、ちょっと! アクラ、今は茶化す雰囲気じゃないってば!」

「うりうり、腹筋も見せてつよつよアピールもしてけー☆」

「ア~ク~ラ~っ!」


 待って、服をめくられてつるつるのお腹を触られるのは、流石に恥ずかしい。

 相手は鬼とはいえメイド服の超一級美少女なんだから、この距離感はまずいって。

 コートニーだって、こっちを見て「この人達で大丈夫なのか」と言いたそうにしているじゃないか。


「……い、今はこんな調子ですけど、本当にすっごく強いんですよ! 冒険者になればベルヴィオのギルドも有名になるはずですし、ユーリさんを冒険者にしてあげてください!」

「すいません、その様子を見る限りですと、冒険者はやはり――」


 すっかり呆れた顔の受付嬢が肩をすくめた、その時だった。


「――おうおう、グリムのガキがのこのこ帰ってきたってのは本当かァ!?」


 小さなギルドを震わす、地鳴りのような声が聞こえてきた。

 コートニーがびくりと飛び上がった理由は、声の大きさだけではないと、僕は直感した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る