第5話 へっぽこ冒険者、コートニー

「――本当に、ほんっと~に、ありがとうございますぅ~~~っ!」


 それからしばらくして、馬車の中に甲高い声が響いた。

 声の主は、僕でもアクラでもなく、助けた冒険者だ。

 髪は赤茶色でくしゃくしゃのセミロング、垂れ目と髪と同じ色の太い眉毛、そばかすや少し焼けた肌からして健康的な元気娘って感じかな。

 涙声で謝り続ける弱気な雰囲気を除けば、なんだけども。


「命を救ってもらっただけじゃなくて、私のケガまで治してくれるなんて……あなた、もしかして【治癒士ちゆし】のジョブなんですか?」

「まさか。僕はただの陰陽師だよ」


 ぺこぺこと頭を下げる彼女の擦り傷や切り傷は、気絶しているうちに僕が治した。

 生命活動の循環じゅんかんをつかさどる陰陽道を少し応用して、あふれ出す霊力を使って、肉体を活性化させて傷を治すのは造作ない。

 ただ、【治癒士】なんて専門職のお株を奪えるほどでもないんだけど。


「オンミョウ……ジ? 聞いたことのないジョブですねぇ」

「僕のことは置いといて、まずは君の名前を聞かせてもらえないか」

「あ、そ、そうでした!」


 彼女は胸に手を当て、にっこりと笑って言った。


「私はコートニー・グリムです! 歳は18で、この近くのベルヴィオの町で冒険者として活動してます! ジョブは【剣士】で、魔力を斬撃に乗せられるんです、けど……」


 コートニーがちらりと視線を向けた先に転がっているのは、折れた剣。


「見事に折れてるね」


 どうやら、ゴブリンとの戦いの最中にへし折れちゃったみたい。


「うぅ……せっかく小銀貨2枚も出して買ったのにぃ……」

「まあまあ、命があっただけまるもうけ、って言うじゃん! それよりさ、冒険者って、さっきユーリが言ってたやつっしょ?」


 うなだれる彼女に同情しつつ、話題を変えるアクラの空気読みスキルはありがたい。

 コートニーが頷いたのを見て、僕の疑問も確信に変わった。


「やっぱり君は、冒険者なんだね」


 冒険者になってみたいと思っていた矢先に、本職の冒険者に会えるなんて、陰陽道で占わなくても僕は随分ラッキーだよ。

 もちろん、そうでなくともあの状況なら、人を助けないわけがない。

 陰陽師は邪をはらい、皆を救うお仕事だからね。


「そうなんですけど……で、でも、町に戻ったらそうじゃなくなるかも……」

「どうして?」


 事情ありげな態度に、僕達も耳を傾ける。

 少しだけ間をおいて、コートニーはぽつぽつと語りだした。


「私、実は採取系のクエストばかりをやっていて、討伐系は失敗続きで……ギルドの腕の立つ冒険者に、ゴブリンも倒せないなら辞めてしまえって言われて……」


 採取系が薬草などの調達、討伐系がモンスターの退治というのはなんとなくわかる。

 陰陽師の仕事のかたわらに読ませてもらったファンタジー小説が、ここで役立つとは。

 ありがとう、異世界転生タグ。


「それで、つい見栄を張っちゃったんです。ゴブリンロードの討伐クエストを達成できなかったら、ギルドに冒険者の活動資格証を返上しますって!」

「ゴブリンでいいってのに、強い方の相手を選んだ系?」

「そ、そうです……」


 モンスター討伐の経験がないのに、強力な相手を選んじゃったの?

 すさまじい死亡フラグの乱立で、鬼ギャルメイドのアクラも苦笑いしてるよ。


「どどど、どうしましょう! ゴブリンを倒したのは私じゃなくて皆さんなのに、ギルドに嘘なんてつけませんよぉ~っ!」


 たちまちコートニーの目から、焦りと恐れのこもった涙がこぼれだした。

 うーん、確かにコートニーがそう言えば嘘になるなあ。


「僕達が補助をしたと言っても、ギルドじゃ取り合ってくれないの?」


 ――でも、僕達が冒険者として助けたのなら、融通ゆうずうが利くんじゃないか?

 めそめそと泣きながら、彼女がこの世の終わりのような顔でこっちを見た。


「あなた達が同じ冒険者なら問題ありませんけど、そうじゃないですよね……?」

「実を言うと、ちょうど僕達もベルヴィオに向かう途中なんだ。ギルドがある町で一番近いのはそこだし、冒険者の資格が欲しいと思っていたんだよ」


 希望の光が差したのか、コートニーの涙が少し引っ込む。


「だ、だったら大丈夫かもしれません! 同じ冒険者が助けてくれて、協力してもらったでいけば、クエストを達成扱いにしてもらえるかも……」

「じゃあ、話しは決まりだ。君をベルヴィオまで連れて行くよ。そのあと、ギルドで僕達を冒険者志望として紹介してくれると助かるな!」


 僕の提案を聞いて、今度は彼女の顔がぱっと明るくなった。

 ここまで素直だと、多少の失敗でも愛らしく見えるよ。

 仮に僕が彼女の同僚だったとしても、とがめる気はないし、頭のひとつでも撫でて励ましたくなる。

 僕の方が年下なのに、この愛玩あいがん動物みたいな雰囲気はなんだろ。


「分かりました! ところで、皆さんのお名前は……?」


 おっと、挨拶をしないのは実際シツレイ、だった。


「ごめんごめん、自己紹介がまだだったね。僕はユーリ・アシュクロフト、こっちはメイドのアクラだよ!」

「ウェ~イ☆ よろぴ~☆」


 僕らの自己紹介を聞いた途端、コートニーの顔がさっと青くなった。


「あ、アシュクロフトというと、あの伯爵家の!?」

「そうだよ?」

「ひょええええ~っ! 私、貴族様に失礼なことを言っちゃいましたぁ~っ!」


 バタバタと手を振る彼女の忙しなさは、満てるだけで面白い。

 だいたい、貴族がこんなところにいたら、そりゃあ誰でも驚くか。


「気にしなくていいさ」


 ベルヴィオに行くまでの間、コートニーの表情がコロコロ変わるのを、僕は内心楽しんでいた。

 趣味が悪いって?

 うるさいやい。

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