第13話 修行


【アイガ視点】



 俺の名は、アイガ・ギガンティックノア。

 テイマーをやっている。

 冒険者としてはAランク。

 まあ、そこそこ強いって感じだな。


 そんな俺は、ナリアガル家の当主から息子の修行を頼まれた。

 ティム・ナリアガルという子供らしい。

 こうやって、貴族に頼まれて息子の修行を見てやることは、これまでにも何度かあった。

 貴族ってのは金払いがいい。

 冒険者をやってるだけよりも、こうやって貴族の仕事を受けるほうが、俺の身入りもいいんでな、かなり助かっている。


 だが、このティムという子供、ほんとうにどうしようもないやつだった。

 屋敷に行った当日、丸一日かけてティムの才能をはかったが、てんでだめだった。

 これまでみてきた生徒の中で、一番才能がない。

 これは……ほんとうにダメだな……そう思った。

 たいがいの人間は、得意不得意はあれど、なにかしらの才能はあるものだ。


 だけど、こいつにはそれがまるでない。

 そもそも魔力がほとんど感じられない。

 魔力がないんじゃ、魔法も覚えられないし、テイムだってできない。

 そんなやつに俺がなにを教えられるってんだ?


 剣術を教えようにも、まず剣をろくに持てないようなへなちょこだ。

 剣の筋も最悪。

 体格も小さくて、筋肉もつきにくい。

 運動神経もまったくないし、とにかくすべてのセンスがない。

 こんなやつは、なにをやっても駄目だなと思った。


 俺は、ティムのことをかわいそうなやつだなと思った。

 いや、俺みたいな貧乏人が、ティムのような貴族の坊ちゃんを憐れむなんておかしな話だがな。

 けど、こんなに才能がないんじゃ、なにも楽しめないんじゃないかなと思ってな。

 幸いにも貴族の家の子供だから、食いっぱぐれることはないだろうけど。

 

 まあ、親の話をきくところによると、かなりの読書家で、頭はいいみたいだ。

 見た目だって、まあまあの美少年だ。

 だからまあ、戦闘能力はないが、将来は学者にでもなればいいだろうと思った。

 他になにかティムに特筆すべき長所があるかっていうと、そうだな……。

 強いて言えば、とてもやさしい子供だってことくらいだな。

 だが、やさしさで飯は食えない。


 とくに、冒険者やテイマーにとって、やさしさはときに毒となる。

 冒険者やテイマーは非情になることも必要な職業だ。

 そういう面でも、こいつはとことん向いていないな、と思った。


 だから、俺はティムの育成を断ったんだ。

 ティムの父親も、それで納得してくれた。

 ティムはたいそう残念そうな顔をしていたけどな。

 残酷だけど、無理やりおだててやらせるよりは、ここで現実を見せたほうが子供のためだ。

 冒険者は命にかかわる職業だ。

 生半可な気持ちでやると、命を落とす。

 ティムのためにも、完全にあきらめさせるのが一番だと思った。


 だが、ティムはあきらめなかった。

 ティムの母親の葬式で、俺は久しぶりにティムに再会した。

 すると、あいつは俺に言ってきたんだ。


「先生は、僕にはテイムは無理だといいました。けど、僕……モンスターをテイムできたんです!」

「そ、それは……本当か……?」


 にわかには信じがたい話だった。

 あのティムに、モンスターがテイムできるとは到底思えない。

 だって、あいつにはほとんど魔力がないんだから。

 

「見てください。これが僕の相棒のリルムです! お願いします! もう一度僕を鍛えてください!」


 ティムが俺に見せてきたのは、一匹のスライムだった。

 俺は思わずあきれてしまった。

 そんな雑魚モンスター、テイムしたってなんの使い道もない。

 まあ、ティムがスライムをテイムしたってのには、ちょっと驚いたけどな……。

 ティムの魔力じゃあ、スライムをテイムすることすら不可能だと思っていた。

 いったいなにがあったんだろうか。


「バカ。スライム一匹テイムできたくらいで、テイマーとは呼べないだろう。スライムなんかじゃ、ろくに戦えないぞ……」

「でも、この子はもっと強くなりたいっていってるんです! もっと強くなれるって、そう言ってるんです! 僕といっしょに戦いたいって!」

「バカ、モンスターが口を利くかよ……。くだらねえこと言ってんな……」

「本当なんです! 僕にはリルムの気持ちがわかるんです!」


 俺は、こいつはアホかと思った。

 モンスターの気持なんか、わかるはずがない。

 まったく、とことん暢気なやつだ……。

 きっとスライムをテイムできたことに、舞い上がってるんだろう。

 子供ってのはなんにでも意味を見出すんだ。

 俺も子供のころは、モンスターのちょっとしたしぐさを見て、心が通じあってるなんて勘違いをしたもんだ。

 俺は結局、ティムの申し出を断り切れなかった。


「あーもう……。しゃあねぇな……。わかったよ。今のお前さんに頼まれたらなんにも断れねえ」


 そりゃあ、そうだろう?

 ついさっき母親を失った子供に対して、無下に断るなんてこと、さすがの俺でも気が引ける。

 つい、同情してしまったのだ。

 それに、こいつはスライムをテイムできてしまったことで、浮かれている。

 今のティムには、どんな言葉も聞き入れられないだろうと思った。





 

 葬式の翌日、俺は再び屋敷を訪れて、ティムに修行をつけてやることにした。


「おはようございます! 今日からまた、よろしくお願いします!」

「おう、任せておけ」

 

 俺の役目は簡単だ。

 こいつにテイマーの道をあきらめさせること。

 もう中途半端なことはやめだ。

 完全に、こいつの夢を摘む。


 そうしないと、こいつが勘違いしたままテイマーになって、命を落としても俺の寝覚めが悪いからな。

 中途半端に夢を見せても、あとで痛い目を見るだけだ。

 だったら、今ここで叩き潰すのが、俺の役目。

 ティムが再び俺に声をかけてきたのは、スライムをテイムできたせいだ。

 そう、すべての元凶はこのスライム。


 どうせ才能もないくせに、ちょっとまぐれで成功したせいで、つけあがって……。

 ほんと、お前はどうしようもない能天気なお子様だよ。


「よし、じゃあさっそく修行だ。俺のモンスター、クラウズが今からスライムを攻撃する。お前はスライムに命令を出して、それを避けてみろ!」

「はい! わかりました!」

「じゃあ、行くぞ……!」


 俺はクラウズに命令を下す。


「行け!」

「リルム! よけて!」


 ティムもスライムに命令を下す。

 当然、スライムはよけようとする。

 だが、俺のクラウズの攻撃は、そう簡単によけられるものじゃない。

 そう、俺は最初から、よけさせるつもりなんかない。


「ケケケ……!!!!」

「きゅい……!?」


 クラウズの攻撃が、スライムに直撃する。


「リルム……!?」


 俺はこの場で、スライムを殺してやるつもりでいた。

 もちろん、修行のうちの事故ということにして。

 ここでこのスライムを殺しておけば、ティムもさすがに馬鹿な夢を見るのをあきらめるだろうと思ったのだ。

 俺は大人として、ティムの無謀な夢をここで叩き潰す。

 スライムにはそのための犠牲になってもらう。

 まあ、スライムごとき、いくらでも替えが効く雑魚モンスターだ。

 スライム一匹殺したくらいで、俺は痛くも痒くもない。


「どうした……? 避けないと、スライムは死んでしまうぞ?」

「っく……! リルム……! よけてえええ!」


 もちろん、いくらスライムがよけようと必死になったところで、俺のクラウズの攻撃はよけられない。

 そもそも、クラウズとスライムじゃ、モンスターとしての強さが違いすぎるからな。

 だがここでスライムを殺しておけば、ティムは自分に才能がないせいだと思うはずだ。

 そうすれば、もう二度とテイマーになろうだなんて思わない。

 

 クラウズは、スライムに何度も攻撃を加える。

 いいぞ、その調子だ。

 あと1、2発当てれば、スライムの体力を削りきれるはず……。


 そのときだった。


「やめて……!!!!」

「あ………………?」


 ティムは驚きの行動をとった。

 ティムは、なんと、スライムをかばうようにして、クラウズの前に躍り出たのだ。

 そして、クラウズの攻撃を、ティムは自分の身体で代わりに受けた。

 

「っく…………があああ……!」


 クラウズのくちばしが、ティムの肩に刺さって、そこから血が噴き出す。

 信じられない光景だった。

 こいつ…………本物のアホか…………?

 たかがスライムを守るために、自分が怪我をしてまで……?

 スライムをかばっただと…………?


 俺はすぐに、クラウズに攻撃をやめさせた。


「バカやろう……! お前、なにやってるんだ……!?」


 俺はすぐにティムに駆け寄った。

 そしてすぐに、ティムに回復魔法をかけてやる。


「いてて……。だ、だって……。アイガ先生、あのまま続けていたら……リルムは死んでましたよ…………?」

「だ、だからといって、モンスターをかばうテイマーがどこにいるっていうんだ……!? お前…………アホか…………?」

「でも、友達がやられるのを、黙ってみていられるわけないじゃないですか……」

「友達って……お前、たかがスライム一匹に命かけるアホがどこにいるんだ……!?」

「いえ……僕にとって、リルムはかけがえのない友達ですから……」


 な、なんなんだこいつは…………。

 攻撃の当たり所が悪ければ、こいつは死んでいた。

 い、意味が分からない……。

 いくらモンスターに思い入れがあるとはいっても、たかがスライムだぞ!?

 しかも、自分はスライムよりもっと弱いくせに、無茶しやがって……。

 正直、理解不能だった。


「くそ、いかれた子供だ。やってられっか……!」


 俺は地面に、手袋を投げ捨てた。

 やめだ、やめ。

 こんなの割りに合わねえ。

 母親を失って、気の毒に思ったから、俺が代わりに、こいつに世間の厳しさを教えてやろうかと思ったが……。

 もう勝手にしろ。

 こいつがテイマー目指して無駄死にしようが、もはや俺の知ったことじゃない。


「オイ、坊主。俺は降りる。やめさせてもらうからな。まあ、貴族の息子にこんな怪我させたって時点で、どうせお前の父親にくびにさせられるだろうが……。付き合いきれねえよ……。お前みたいな底抜けの馬鹿には」

「わかりました…………。僕も、大事な友達を殺そうとする人からは、これ以上は教われません……。ありがとうございました」


 俺は、その足で屋敷を後にした。

 帰り道、あることを思い出す。


「そういえば……昔、同じようなことを言ったやつがいたな…………」


 昔、俺に同じようなことを言ったやつがいた。

 モンスターには心があるだのなんだの……。

 そいつはそのせいで、何度も死にかけの怪我をしている。

 まったく、どうしようもないアホばかりだぜ。

 

「ラインハルト……。ティムにも、お前みたいな才能があれば別だったのかもしれねえな……」

 

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