第12話 幼年期の終わり


 母が死んだことにショックを受け、姉のニーナは部屋にこもってしまったようだった。

 僕もひとしきり泣き叫んだあと、ニーナの様子を見にいってみる。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」


 部屋をノックすると、ニーナは扉を開けて僕を招きいれた。

 てっきりショックのあまり、誰にも会いたくないのかと思ったけど、ニーナは僕の顔を見ると、とびきりの笑顔を見せた。

 それは弟に対する強がりだったのか、空元気だったのか。

 とにかく、ニーナは僕の顔を見てほっとした様子だった。

 だけどその目元は腫れていて、乾いた涙の痕が見える。


「ティム……。無事だったのね……! よかった。私、ティムもどっかにいっちゃうんじゃないかと思って……」

「お姉ちゃん……」


 ニーナは僕のことを優しく抱きしめてくれた。

 自分だって、辛いはずなのに、僕のことを一番に思ってくれている。

 なんて優しい姉なのだろうと思った。


「ごめん、お姉ちゃん。僕のせいだ……。僕がもっとはやくにミネージュ草を手に入れていれば……。ごめん……」


 僕は思わず、姉の胸で泣いてしまった。


「そんなことない……。ティムのせいじゃないよ……」

「でも……でも……」

「ほんとに、優しい子……。大丈夫よ。お母さんがいなくなっても、お姉ちゃんがあなたを守るわ……」






 そのあとすぐに、母の葬式が行われることになった。

 ラインハルトさんは忙しいみたいで、すぐに王都に戻っていってしまった。

 またいつか、ラインハルトさんに会えるかな……。

 父は母を失ったショックで、かなり衰弱しきってしまっていた。

 最初のうちはしっかりしようと、気丈にふるまっていた父だったが、日に日に弱っていくのを感じた。

 それだけ、母のことを愛していたのだろう。

 弱っていく父を見るのは辛いものがあった。

 

 前世の僕は、両親を失ったことがない。

 だから、正直親を失うってのがどういうことなのか、わからないでいた。

 だけど、母を失って、僕はわかった。

 この世界では、正真正銘、マリアこそが僕の母だったのだと。

 異世界の仮の母などではなく、彼女こそが僕の母だった。

 それだけに、僕にとっても、母の死は受け入れがたいものだった。


 父はもともとしっかりした人だっただけに、今回のことで必要以上に弱ってしまったようだ。

 この数日で、15歳は老けたように思う。

 傷心の父に代わって、喪主を務めたのはほとんど兄のローランだった。

 兄のローランは普段は学院に通っていて、あまり顔を合わせることはない。

 だが、父ゆずりのしっかりもので、まだ子供ながらに立派に喪主の役目を果たした。


「御父様は……もう、ダメかもしれないな……」


 ローランは葬式の場で、僕にそんな言葉をこぼした。


「え……?」

「すっかり弱ってしまわれている……。あれでは長くはないだろう。それだけ、母さんのことが大事だったんだろう……」


 ローランは椅子に座りうつろな目で葬儀を見守る父を、憐れむような目で見た。


「だが、大丈夫だ。心配するな、弟よ。この家は、俺が守る。だからお前は、なにも心配しなくていい。御父様のことも、俺に任せておけ」


 ローランはそういって僕の頭をなでる。

 だが、ローランだって、母を失った悲しみは同じはずだ。

 だけど、長男として、しっかりしないといけないと思い、こうして振舞っているのだろう。

 頼みの綱である父も、あの調子じゃあな……。

 だけど、僕はローランが心配だった。

 ローランとて、まだ20にもならない子供だ。

 こうして気丈にふるまってはいるが、あまり無理をすると身体が持たない。

 

 僕も、もっとしっかりしないとな……。

 そうだ、僕は決めたのだ。

 テイマーになって、母を蘇らせるって。


 葬式の場で、アイガ先生を見つけた。

 僕はアイガ先生に駆け寄っていって、言った。


「アイガ先生……!」

「おう……坊ちゃんか……。その……なんだ、この度はなぁ……。なんと言ったらいいか…………」


 アイガ先生は頭をかきながら、気まずそうな顔をする。


「先生、僕、お願いがあるんです! 僕をもう一度、鍛えてください!」

「おいおい……こんな場でこんなこと言いたくはないがな……。お前、自分に才能がないってことは、もうわかっただろ……?」

 

 たしかに、僕には才能がない。

 アイガ先生は、そんな僕にはなにも教えることなどないと言って、一度屋敷を去った。

 だけど、僕はどうしてもあきらめるわけにはいかないんだ。


「先生は、僕にはテイムは無理だといいました。けど、僕……モンスターをテイムできたんです!」

「そ、それは……本当か……?」

「見てください。これが僕の相棒のリルムです! お願いします! もう一度僕を鍛えてください!」


 僕はポケットからリルムを取り出して、アイガ先生に見せた。

 先生は一瞬驚いた顔を見せたが、そのあとすぐにあきれた表情になる。


「バカ。スライム一匹テイムできたくらいで、テイマーとは呼べないだろう。スライムなんかじゃ、ろくに戦えないぞ……」


 先生はそういうけど、でも、リルムには可能性があると思うんだ。

 僕には、リルムの気持ちがわかる気がする。

 リルムは、僕の思いに応えようとしてくれている。


「でも、この子はもっと強くなりたいっていってるんです! もっと強くなれるって、そう言ってるんです! 僕といっしょに戦いたいって!」

「バカ、モンスターが口を利くかよ……。くだらねえこと言ってんな……」

「本当なんです! 僕にはリルムの気持ちがわかるんです!」

 

 すると、リルムは、一緒に先生を説得しようとしているのだろうか、僕の手のひらの上で、くるんと回って飛び跳ねて、必死にアピールしはじめた。


「きゅーん! きゅーん!」


 その様子を見て、アイガ先生は困った表情を見せる。


「あーもう……。しゃあねぇな……。わかったよ。今のお前さんに頼まれたらなんにも断れねえ」

「じゃ、じゃあ……!」

「ああ。明日また来てやるよ。修行してやる」

「あ、ありがとうございます!」


 こうして僕は、またアイガ先生に教えてもらえることになった。

 なんとかテイマーへの道が、開けそうだ。






 葬儀は無事に終わったのだが、母が死んでから、父はますます寡黙になって、部屋でふさぎ込むようになっていった。

 父は母を亡くしたことを、たいそう悔やんでいるようだった。

 そして、父のもとへはたびたび、怪しげな占い師が出入りするようになった。

 父はたまに酒を飲んで、子供たちや使用人に厳しく当たるようにもなった。

 僕はそんな父の姿を、責めることはできなかった。


 僕も、しっかり自立して大人にならないとな……。

 そして、一流のテイマーになるんだ。

 これまで、僕はどこか自分が幼い子供であるということに、甘えのようなものがあった。

 だけど、母が死に、父も衰弱したことで、頼れる存在が少なくなった。

 後から振り返ると、僕が精神的に自立したのは、この頃のようであったように思う。

 

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