第6話 スライム


「あれは……、スライム……?」


 僕の目の前を、スライムの集団が横切っていった。

 スライムといえば、最弱魔物だ。

 この森に入ってから、初めて会ったモンスターだ。

 モンスターの気配がしないと思ってたけど、スライムはいるみたいだね。


「まあ、スライムになら怯えることもないか……」


 スライムのほうも、僕には興味なんかないようで、どこかにむかって、ぴょんこぴょんこと行進を続けている。

 どこにいくのかな。

 それにしても、スライムって初めて見たけど、すごい遅いんだな……。

 まるで亀の行進だ。

 なんか、最弱魔物っていわれるのもわかる気がする。

 あれに追いつかれて倒されるとは到底思えない。


「けっこう可愛いな。おーい、みんなどこにいくんだ?」


 しばらくスライムたちの行進を見守っていると……。

 その最後尾に、ちょっと変わったスライムを発見した。

 他のスライムはみんな緑色なのに、そいつだけ薄い水色だ。

 まるで空を透かしたような、綺麗なブルー。


「なんだ……このスライムは……?」


 図鑑にのっているスライムも緑だったし、こんな色のスライムはみたこともきいたこともない。

 そいつは他のスライムとちがって、めちゃくちゃゆっくりと動いていた。

 ノロノロと、遅いながらも必死に群れについていっているような感じだった。

 なんか、顔もどこかどんくさそうで、見ていて心配になる。


「おいおい大丈夫か……? こいつ……」


 これじゃあ、まるで醜いアヒルの子だな、と思った。

 なんで群れでこいつだけ色が違うんだろう……。

 必死に群れに追いつこうとしているけど、いまにも置いていかれそうだ。


 そのときだった。


 ――ぺち。


「ぴきゅい……」

「あ、転んだ……」


 水色のスライムは、なにもないところで躓いて、転んでしまった。

 まるでさっきの僕みたいだ。

 転んだスライムは、そのまま起き上がれなくなっている。


「がんばれ! がんばって起き上がるんだ!」

「ぴききききき…………ぷしゅい……」

「あらら……」


 スライムは起き上がろうとしてみたけど、そのまましぼんでしまった。

 地面にだらーっとなって、いまにも溶けてなくなりそうだ。


「おいおい、もしかしてこのまま死んじゃうの……!?」


 なんて弱いスライムなんだと思った。

 スライムはただでさえ弱い。

 だけど、この子はその中でも特別に弱い。

 歩くのが遅くて、群れからは置いていかれて、転んでも起き上がることさえできなくて。

 このまま死んでしまいそうになっている。


「そんなのって……ないよな……なにかできること、ないかな……」


 僕はためしに、泉で水を汲んできて、スライムにかけてやる。

 だけど、スライムが元気を取り戻すようすはない。

 もっていた薬草を手渡してみる。

 だけど、それも効果なし。

 手で触って、起き上がらせてやろうとしても、スライムはすぐにだらーんとしぼんでしまった。

 まるで骨の入ってない人形のようだ。

 いや、実際スライムに骨なんかないんだけど。


「くそ……ごめん、僕は君になにもしてやれない……」


 目の前で、小さな命の灯が消えかけている。

 だというのに、僕はそれを黙ってみていることしかできないのか。

 そのとき、ベッドに寝ている母の顔が思い浮かんだ。

 

 お母さんは今にも死にそうで、病気に苦しんでいる。

 だけど、僕にはなにもできない。

 なにもしてやれない。

 

 こうしてミネージュ草をとりにきてはみたけれど、結局迷子になってしまった。

 僕は、どうしようもなく無力だ。

 目の前の小さなスライムを、母親に重ねてしまう。

 僕は、こんな小さなスライムですら救えないのか。


「くそ……! 悔しい……!」


 目の前のスライムは無力で、弱い。

 けど、僕だって同じだ。

 僕も無力で、とても弱い存在だ。

 とってもちっぽけな存在だって、思い知らされる。

 スライムは立ち上がろうと必死にがんばっているのに、僕はみていることしかできないのか。

 

「僕も、君と同じだ。弱い……弱すぎる……なにもできない。僕は、この子になにもしてあげられない」


 しばらく無力感に打ちひしがれ、僕はスライムを見守った。

 スライムは数分後、まるで眠るように静かに動かなくなった。


「嘘だ……。死んじゃったのか……?」


 動かなくなったスライムを、手に取ってみる。

 そこにはさっきまでわずかにあったエネルギーでさえ、感じないようになっていた。


「ごめん……ごめんねぇ……。僕は、ほんとうに無力だ……」


 僕は大粒の涙を流した。

 お母さんも、こうやってなにもできずに死んでしまうのかな。

 それは、嫌だな……。

 

 神様、お願いだから、この子とお母さんを救ってほしいです。


 ――ぽとん。


 そのときだった。

 僕の目から零れ落ちた大粒の涙が、スライムの身体に吸収された。

 瞬間。

 スライムの身体が、光り輝いた。


「うわ……!?」


 すると、さっきまで動かなくなっていたスライムの身体が、急にぷるるるるん、と跳ねるように動いた。

 スライムは目を覚ますと、僕の手のひらの上で大きく飛び跳ねた。


「ぴきゅい……!」

「げ、元気になった……!? よかったぁ……」

「きゅい~♪」


 もしかして、僕の涙を吸収したせいで……?

 だけど、僕の涙にそんな力があったのか……?

 なにがおこったんだいったい。

 だけど、とにかくスライムが元気になってくれてよかった。


 よくみると、スライムの額にはうっすらと紋章が浮かび上がっていた。


「え……これって……テイム紋……?」


 テイム紋――これはモンスターがテイムされたときに浮かび上がる紋章だ。

 ということは……まさか……。


「僕……今、モンスターをテイムしたのか……?」


 信じられない。

 僕はただ、この子を救いたいと祈っただけなのに。

 なにがおこったのかは全然わからない。

 けど、僕にテイムが出来たことは紛れもない事実だ。


「すごい……! 僕に、テイムができたんだ……!」


 アイガ先生には、僕じゃあ魔力が少なすぎて、スライムでさえテイムできないって言われてた。

 だからもうすっかりテイマーになることは、不可能なんだと思っていた。

 もしかしてこの子が普通のスライムよりも弱い個体だったからかな……?

 とにかく、僕にとってはじめてのテイムだ。

 

「これなら、もしかしたらテイマーになれるかもしれない」


 僕は初めて出来た友達に、名前をつけることにした。


「よろしくね、リルム」

「ぴきゅ~!」

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